3.雪恵の後悔
教室で授業を受ける
誰にも気付かれないように小さくため息をつき、手に持ったシャープペンシルをブラブラさせる。
──またやってしまった。
心の中でもため息をつきながら後悔の念を呟く。
──いつもこうだ。
思ったことをすぐに口に出してしまう。「間違っている」と思ったことに直面すると、つい直さなきゃと思って気が付けば口に出している。
相手が嫌な顔をしていることに気付いても、間違ってるから正さなきゃって、相手の為に言わなきゃと引くに引けない状況まで行ってしまう。
両親が共働きで幼い頃から私の面倒を見てくれるおじいちゃんが「人として正しい道を進むことが何よりも大切。間違っていることから目を背けてはいけない」と、それこそ耳にタコができるほど聞かされた。
その考えは間違いではないと思う。
でも正しいと思って行動した結果、得られるものは相手の不快な顔と微妙な距離感。
その結果に疑問に思っておじいちゃんに相談したことがあるが、雪恵の生き方に間違いはないと、正しいことをしているのだと断言されてきた。
友達の少ない私と友達として一緒にいてくれる菜々子。大切な存在だからこそ彼女の為にと思ってとった行動は間違いではないはず。
どうすればそれが伝わるのだろうか? 大きな声を出し過ぎたのも悪い、まして手を上げたのはまずかった。あれはいけなかったと深く反省する。そのことだけでも謝らなければいけない。
一度考え出すと、色々な考えが頭の中をぐるぐると回り始め、英語の授業は身に入らなくなってしまう。
カタンッ
右手の指先でブラブラしていたシャープペンシルが机に落ちて軽い音を立てる。
中身のないスカスカな軽い音に、シャープペンシルから笑われているような気がして唇を強目に結ぶ。
ふと自分の右手が目に入る。それと共に今朝の光景が思い起こされ、同時に握られた感触も甦る。
──俺は叩かれる人と叩く人、どっちも見なくて済んで満足だしな。
その言葉と共に握られた手がじわっと熱くなり、頬にも熱が刺さる。
自分が日頃発する言葉と違い曖昧で分かりにくい表現。
なのにそう思ってくれたんだとちょっぴり嬉しくなってしまうような不思議な言葉。
自分にはない何かを感じるがそれが何かは分からない。
モヤモヤする考えが、まとまりそうになっては霧のように散っていく、もっとそれが何なのかを考えたいのに、無情にもチャイムが鳴り響きモヤモヤは散ってしまう。
ふと前を見ると菜々子はもう立ち上がっていて廊下に出ている。いつもなら行間の間は自分のところに来るのに、こっちを見ず避けるように出て行ったということは間違いなく今朝のことが原因だろう。
とりあえずもう一度、自分の言いたいことをちゃんと伝えようと雪恵は慌てて立ち上がると廊下へと急ぎ出る。
「菜々子っ!」
名前を呼ぶと菜々子は立ち止まる。自分の声が届いたことに喜びを感じるが、それは直ぐに打ち消される。
いつもは穏やかな表情で自分を見てくれる菜々子はそこにはなく、振り返った睨む目には怒りと拒絶が満ちている。
小さな口を震わせ、肩も震わせ菜々子の中ににある言葉を絞りだそうとしている。そんな風にも見える菜々子が睨む目を更に吊り上げる。
「雪恵……私、あなたとはぜっ」
普段温厚な菜々子が見せない表情と声を上げた瞬間、雪恵の後ろから声が掛けられる。
「お前ら廊下のど真ん中で立ち止まるなよ。込み入った話があるのなら、それは廊下でするもんじゃないだろ」
菜々子の言葉を遮る声の主に雪恵が目をやると、眠そうな目で自分たち二人を見る飯田麻宏の姿があった。
彼が発する言葉は相変わらず曖昧、だけれども核心をついていて聞き入ってしまう。
無言で去って行く菜々子に対して、雪恵はいつもより鼓動が速くなっているのも気付かず麻宏を見つめる。
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