3-6 再会(1/3)

 海軍本部は、港のすぐ近くにある頑丈そうなレンガ造りの建物で、夜だというのに、まだ大勢の人間が仕事をしていた。船から降りたオフィーリアと、グートルーエンと二人の水夫は、それぞれ別の部屋に通され、しばらく待つように言われた。

 オフィーリアが通された部屋は、大きなろうそくが立つ燭台がいくつも置かれていて明るく、清潔ではある。だが、調度品としては、机が一つといくつかの椅子があるだけの殺風景な作りで、窓に格子がはまっている上に、扉は外から鍵をかけられていて、中からは開けらない。廊下に見張りの兵士も立っているようで、快適な応接室というよりは、高級な監獄と言う表現がふさわしかった。

 オフィーリアは、部屋の隅の椅子に座り、じっと入口の扉を見ていた。


 やがて、廊下をバタバタと走る足音が近づいてきて、扉の前で止まった。

「ちょっと! なんで鍵なんかかけた部屋に閉じ込めてるのよ! 早く開けて! なにモタモタしてんの!」

「お、お待ちください……」

 扉の向こうから聞こえてきた懐かしい声に、オフィーリアは椅子から飛び出して扉に駆け寄った。

「ウィロー様!」

「オフィーリア? そこにいるの? すぐに開けてあげるからね! ちょっと、あんた、さっさと鍵開けなさいって!」

「は、はい」

 ガチャガチャと音がして、扉が開いた。

「オフィーリア!」

「ウィロー様!」

 見張りの兵士を押しのけて部屋に飛び込んで来たウィローとオフィーリアは、しっかりと抱き合った。

「なんで、こんなところまで来たの? 危ない目に遭わなかった? 怪我はしてない? 兵隊にひどい目に遭わされたりしてない?」

「大丈夫です。港まで河船で来たので、ずっと安全でした」

 本当は、横波を受けて転んだ時に、お尻を床にぶつけてひりひりしていたが、心配させないようにあえて言わない。


「アームニスから『オフィーリアが行方不明になった。たぶんエステュワリエンに行ったと思う』って伝令鷹が来たから、ずっと心配してたんだよ。無茶しないでよ」

 ウィローの青く大きな目に、涙が浮かんできた。

「……ごめんなさい。でも、どうしても来ないといけない理由ができたので」

「なに?」

「専属音曲士の契約が切れそうなので、更新しに来ました。無期限で延長して下さい」

 ウィローは、少し口を開けたまま、固まっていたが、やがて聞こえるかどうかの小声でささやいた。

「ほんと? 延長してくれるの? ずっと、一緒にいてくれるの?」

「はい」

「ありがとう」

 ウィローはぎゅっとオフィーリアを抱きしめながら、ぼろぼろと涙をこぼした。

「ありがとう! ありがとう! すぐに丘の上に帰ろう。フェルンとオクサリスも待ってるし」

「あ、あ、あの、その前にしなければいけないことがあって」

 久しぶりのウィローのきつい抱擁に息ができなくなりながらも、グートルーエン船長に残金の支払をしなければ、という義務感は忘れず、オフィーリアは必死で言葉をつないだ。しかし、お金の話を切り出そうとしたところで、部屋の入口に海軍の軍人が現れてこちらに向かって敬礼してきたので、ウィローは離れてしまった。

「ウィロー閣下!」

「あ、フスパンネン少将」

「オフィーリア副官殿を、無事お引き渡しできて良かったです」

 フスパンネンは、軍人らしく背筋を伸ばしたまま、はきはきと答える。

「オフィーリアを保護してくれて、どうもありがとうね」

「ウィロー閣下には全面的に協力するように、ボルゲリング市長から指示されておりますので」


 オフィーリアは小声でウィローにたずねた。

「閣下って、どういうことですか?」

「ええとね、水の桃源郷から届く各地のエルフが集めた情報を、市長や軍のお偉いさんに伝えてるから、特任参謀みたいな肩書きをもらったんだ」

 ウィローは胸に付けている勲章のような物を持ち上げた。

「これがあると、軍の施設はどこでも入れるんだって。あ、そうだ! フスパンネン少将。オフィーリアの分も、これ作ってもらっていいですか?」

「オフィーリア殿の徽章ですね。了解しました。特任参謀副官として、すぐに作製します」

 オフィーリアは、あいかわらず小声でウィローにささやいた。

「あの、私が軍の施設に入ることなんて、ないと思うんですけど……」

「でも持ってると便利だよ。例えばここの食堂、とっても美味しくて大盛りだから、一度食べに来ようよ」

 特任参謀という肩書と、あまりに不釣り合いな発言に、オフィーリアは吹き出しそうになったが、フスパンネンは全く表情を変えない。


「ウィロー閣下! グートルーエンと名乗る河の民とは面識がありますか?」

「え?」

 ウィローは、首をかしげた。

「グートルーエン? 会ったことはないと思うけど……」

「そうですか。ウィロー閣下に会わせるようにと要求しておりまして」

「あ、あの、あの、グートルーエン船長は、シュトルームプラーツからここまで、私を乗せてきてくれた船長さんです」

 オフィーリアは、あわてて口をはさんだ。

「ああ! そうなんだ。それじゃお礼を言わなきゃ」

「それで、あの、ウィロー様。一つお願いがあるのですが……」

「お願い? いいよ。なんでも言って。すぐにかなえてあげるから」

 ウィローは、オフィーリアの両手を取ってじっと目を見つめた。


「えっと……、専属契約を延長するので、少しだけ契約金を前借りできないかなって……、二百ムントだけ……」

「二百ムント前借り?」

 ウィローは、ぽかんと口を開けて首をかしげた。

「……いいけど、なんでそんな中途半端なお金を?」

 オフィーリアは、二千ムントもの大金でグートルーエンの船を契約したことを、どう説明しようかとためらった。なんでそんな高い金を払ったんだと、あきれられるかもしれない。

「ここまで船に乗せてきてくれたグートルーエン船長に、残り一千ムント支払わないといけないんです。手元に八百ムントしか無くて……」

「えっ? 一千ムント? 大河をここまで下って来た報酬が一千?」

 やはり、高過ぎると怒ってる。急に不機嫌になったウィローの表情を見ながら、オフィーリアは小さくなった。




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