3-2 つながり(1/2)

 新たな野性のオークがオーステ・リジク王国領で発見されたとの報告があり、会議が開かれたが、またいつものように結論は出なかった。会議が終わり、出席したエルフ諸侯が会議場から出てきたところで、アームニスは前を歩くウィローに呼びかけた。

「ウィロー。どうした? 元気がないようだが」

「うん……。大したことじゃないんだけどね」

 ウィローは、軽く握った右手を口元に当て、歩きながら答えた。

「オフィーリアがさ、このところ元気がなくて。音曲を歌うのは一日おきにしてほしいと言われたり、会議が無い日に、湖の周りを散歩しようって誘っても、疲れてるからって断られたり。なかなか会う時間もとれなくて。もしかして、病気なのかな……」

「音曲士殿の元気がないので、それが伝染うつったか」

 ウィローは、口をとがらせた。

「だって心配じゃない」

「もしかしたら、ずっとエルフに囲まれた生活を続けているのが、負担になっているんじゃないか」

「う……うん……それはあるかもしれない」

 アームニスの指摘に、ウィローはうつむいた。

「やっぱりエステュワリエンに帰ろうかな。もうここにいるのも飽きちゃったし」

「むむ? アーシュ殿の会議はどうするつもりだ?」

「弟のエルムに任せておけば大丈夫だよ。あの子も、もう一人前になったから」


 階段につながる広間に出ると、アームニスは窓際の椅子を指差した。

「ちょっと、そこで話をしていかないか」

「いいよ」

 斜めに向き合う椅子に座ると、アームニスは改めてたずねた。

「ウィローは、この先オフィーリア殿と、どうしていくつもりだ?」

「ずっと専属契約を続けるつもりだよ。まあ、今は三ヶ月の期間限定で、オフィーリア本人からは延長する了解をもらってないけど」

「そうか……」

 アームニスは、少し口ごもった。

「オフィーリアが人間であることは、気にならないのか?」

「なんで?」

 ウィローは意外だという顔をした。

「人間でも、完璧に純正律の一人和音で音曲が歌えるし、とっても素直でかわいいし、申し分ないじゃない。アームニスが、そんなこと気にするとは思わなかった」

「いや、そういうことではないのだが」

「じゃ、何を気にするっていうの?」

 アームニスは、しばらくためらってから、思い切ったように口を開いた。

「ウィローの様子を見ていると、思い出すんだ。兄のことを」

「ネセトにいのこと?」


 ウィローは、アームニスの兄で、この水の桃源郷で活動していた最後の音曲士であるネセトのことを思い出していた。まだ幼かったウィローが初めて聞いた音曲は、ネセトの歌う正典礼だった。ネセトは誰かと専属契約をしていたわけではなく、郷で公式な式典が行われたり、誰かの婚姻や葬儀がある時に呼ばれて、音曲を歌っていた。

 しかし、ある日突然、郷から姿を消し、それ以来二度と会うことはなかった。アームニスに聞いても、遠くに旅立ったというばかりで、どういう事情があったのかは教えてもらったことはなかった。


「なんで、私を見てるとネセト兄を思い出すの?」

「今まで話したことはなかったが、実は、兄は人間の女性と恋仲になって、それで郷から逃げ出したんだ」

「えっ?」

 ウィローは、アームニスの近くに顔を寄せて、小さな声でささやいた。

「それって、みんなに秘密にしてたの? 恋仲って、どこの誰と、どうして?」

「家族と、長老のアーシュ殿以外は誰も知らない。相手は、シュトルームプラーツに住んでいた娘で、大河と行き来している時に知り合ったらしい。逢引きしているうちに、相手に子供ができてしまって、アーシュ殿にひどく叱られたと聞いている」

「お祖父様は知ってたんだ……。子供ができたってことは、ハーフエルフだよね?」

「そうだ」

 エルフと人間は、種族が異なっているが子供を作ることができる。ただし、その子はハーフエルフと呼ばれ、完全なエルフの属性は持たない。純粋なエルフの社会では差別を受けることも多く、逆に人間の社会では、エルフの血を引く者として敬遠されることが多い。どちらの種族にも属さない立場で、あまり恵まれない生活をしているのが普通である。

「ネセト兄は、今、どこで何をしてるの? 相手の女性と子供は?」

「わからない。相手の女性が亡くなったという連絡が、ずいぶん前にあったけれど、その後連絡が途絶えてしまった」

「そうなんだ……」


 アームニスは、身を乗り出した。

「ウィロー。人間は素晴らしい素質を持っている。知能も高く、技能も優れているだろう。だが、エルフと一緒ではないんだ。悪いことは言わない。あまり人間に夢中になるのはやめておけ。今は良くても、いずれお互いに不幸になる」

「なんてこと言うの!」

 ウィローは怒りをあらわにして、声を荒げる。

「オフィーリアと私は、ずっと幸せでいる! オフィーリアは、子供たちに音曲を教える塾を作るのが夢なんだって。私は、その夢を応援するために、ずっと彼女と一緒にいるんだから!」

「そうか……。いや、余計なことを言ってすまなかった」

 アームニスは頭を下げると、一呼吸おいてから立ち上がった。

「今の助言は、忘れてくれ。兄の話は……逆に、人間とエルフのよき関係の例として、覚えておいてくれればいい」

「こっちも、ごめん。つい感情的になってしまって」

 ウィローも立ち上がると、アームニスに頭を下げた。

「やっぱり、エステュワリエンに帰ることにする。ここにいると、余計なことばかり考えてしまうから」

「では、送別会でもやるか」

 アームニスは、手を振りながら階段を降りて行った。

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