3-2 つながり(2/2)
オフィーリアの寝室の前に来たウィローは、勢い込んで扉を叩き、声をかけた。
「オフィーリア! いる? 入るよ」
「は、はい」
返事が来るのも待ちきれず、ウィローは扉を開ける。
「オフィーリア。エステュワリエンに帰ろう!」
「え。会議は、もう終わったのですか?」
「お祖父様の相手は、エルムに任せることにするから。帰りは、ここからシュトルームプラーツまでの間も、歩きじゃなくて小舟でいくよ。下りだから歩くよりずっと早くて、一日で着くし。そこから大河を下ればすぐエステュワリエンだよ」
ウィローはオフィーリアの手を取った。
「すぐにオクサリスに伝令鷹を飛ばして、船長のカルムテルグに、シュトルームプラーツまで迎えに来てもらうように頼むから。出発は四日後ね。それまでに支度しておいて」
「は、はい」
「エステュワリエンに帰ったら、ゆっくり休もうね。そして、契約を延長してもらうために必要な条件を教えて。オフィーリアがしてほしいことは、なんでも準備するから」
オフィーリアは、握られた手の温かい感触の安堵感と、これではいけないという焦りの板挟みに苦しみながら考えた。このままでは、アーシュに言われたように、自分へのウィローの依存は強くなるばかりだろう。心を離れさせるには、どうしたらいい? 人間とエルフの違いを強調して、越えられない壁に気づいてもらわないと。
「ウィロー様。専属契約を延長しても、やはり人間である私には勤めは難しいかもしれません」
「どうして?」
ウィローは真剣なまなざしで、オフィーリアの次の言葉を待っている。
「人間とエルフでは、価値観も能力も寿命も異なります。音曲を提供していても、やがてその差が広がってくることもあるでしょう。人間とエルフは、いつまでも一緒にいることはできないのではないでしょうか?」
ウィローは、オフィーリアの両手を自分の両手で包みこむようにして、じっと目を見つめる。
「人間とエルフは確かに違う種族だけど、いつまでも一緒にいられるよ。アームニスのお兄さんの話をさっき聞いたんだ。アームニスのお兄さんはね、音曲士をしてたんだけど、人間の女性と愛し合って、一緒に暮らすことにしたんだって。子供もできたんだよ。この水の桃源郷からは出て行ってしまったから、ずっと知らなかったんだけど」
「え、そうなんですか?」
「うん。ネセト兄にもできたんだから、私たちにもきっとできるよ。あ、子供は作れないけど」
「ネセト……?」
オフィーリアは、急に目を見開いた。
「アームニス様のお兄様は、ネセト様というのですか? ネセト・リカレスト?」
「そうだよ」
オフィーリアは、しばらく黙っていたが、やがてゆっくり言葉を選びながら話した。
「私に音曲を教えてくれた、曽祖母の家にいたエルフの名前も、ネセトでした。ネセト・リカレストと名乗っていました。ここまで同じなのは偶然とは思えません。曽祖父はずっと前に亡くなったと聞かされていましたが、実は曽祖母と暮らしていたあのエルフが、曽祖母と夫婦だったとすると納得できます」
「え、待って待って。オフィーリアの曽祖母の家にいたエルフがネセト兄で、お祖母様がその子供のハーフエルフだったって言いたいの?」
ウィローは目を丸くした。
「ネセト様と女性が子供をもうけて、ここを出て行ったのは、いつ頃のことですか?」
「あれは、八十年前だったかな」
「八十年……。祖母の歳と一致しています」
「そんな偶然なんて、ある? そもそも、お祖母様ってハーフエルフだったの?」
「わかりません。いつも大きな帽子をかぶっていて、耳を見たことはなかったので。瞳は、大きなグレーでした。でも、まったく同じ名前で音曲を歌えるエルフが、別にいる方が不思議ではないですか?」
「そうだとすると、オフィーリアにもエルフの血が入ってるってことだよね?」
ウィローの目が輝いた。
「そうかもしれませんが、祖母も母も、人間と結婚しています。私の中に入っているエルフの血なんて、もう薄れてしまっています」
「オフィーリアが生まれ育ったのは、どのあたりだったの? あとでアームニスに、ネセト兄がどこに住んでいたのか聞いてみる」
「プラトゥム地方です」
オフィーリアは、もう一つ重大なことに気がついた。八十年前に曽祖母と子供を作って家を出たということは、今は優に百歳を超えているだろう。しかし、自分が幼い頃に会った時も、見た目は若いお兄さんのままだった。エルフは長命だから、年齢に比べてずっと若く見える。
その弟と幼馴染のウィローも、年代はそう変わらないとしたら、今いったい何歳なのだろうか?
「あ、あの。ネセト様とウィロー様は、どのくらい年齢が離れているのですか?」
「……そんなに離れてない」
ウィローは、明らかに言いたくないそぶりで答えた。
人間にしたら二十代にしか見えない若々しい見た目ではあっても、すでにウィローは百歳近い年齢ということなのか。オフィーリアは、エルフと人間の寿命の差の越えられない壁をひしひしと感じていた。曽祖母が老衰で亡くなった時も、ネセトはまだ若いままだった。それは、自分とウィローの将来像そのものになるはず。
「ウィロー様。曽祖母とネセト様は、幸せに暮らしていました。しかし、曽祖母が人間としては十分に長生きをしてから亡くなっても、ネセト様は、まだ若々しいままでした。もし私とウィロー様がずっと契約を続けていても、間違いなく私は先に年老いてこの世を去ることになるでしょう。そうならないために、私ではなく、純血のエルフの音曲士と契約するべきです」
ウィローは、悲しみをたたえた目でオフィーリアの目を見返した。
「……そんなことはわかってる。最初からわかってるよ。いつか、オフィーリアを見送らなきゃいけなくなることぐらい。でも、オフィーリアが歌える間は、ずっと一緒にいたいの。オフィーリアと一緒にいる時間は、とても貴重だからこそ、精一杯大事にしたいの」
オフィーリアの両手を包まれた手に、力がこもった。
「お願い。それまでは、一緒にいさせて」
今すでにこんな状態で、この先何十年か一緒にいた後で自分が死んだら、ウィローはどうなってしまうだろう。オフィーリアは、暗澹とした気持ちになった。今すぐ打ち切ってしまうのも、ウィローに与える衝撃が強すぎる。できるとしたら、ずっと暮らしているうちに、徐々に心が離れるようにしていくしかない。
それが、彼女のためだから。
「契約については、もう少し考えさせて下さい。エステュワリエンに帰ってから、また改めて」
「……うん。……わかった」
寂しそうなウィローの微笑みを見て、オフィーリアは泣きそうになるのを必死にこらえていた。
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