3-3 火急の知らせ(1/2)

「ウィロー様! ウィロー様! 至急のお知らせです」

「なに?」

 寝室の扉を叩く召使の声に、ウィローはベッドから起き上がった。まだ窓の外は真っ暗で、湖の先の東の空に、ようやく赤みが差してきたばかり。

「アーシュ様から、緊急の会議の招集です。すぐに会議場へお越しください」

「まだ夜も明けてないのに? ねむい……」

 昨夜は、二日に一度のオフィーリアの音曲の日で、歌声の快感にたっぷりと酔いしれながら深い眠りについたので体が重い。オフィーリアに抱きついたまま眠ってしまったが、寝ている間にオフィーリアは出て行って、ベッドの上に一人残されているのは、いつもの通り。


 会議場に入ると、街に住んでいるエルフ諸侯が次々に入ってきていた。まだ空席は残っているが、壇上に立つアーシュが開会を宣言する。

「近郊に住む者は、まだ到着するまで時間がかかるであろうから、今集まっている者で緊急会議を開始する。報告を」

 指示されたエルフが、手紙を手にして立ち上がる。

「オーステ・リジク王国に留守番でいるエルフから、火急の伝令鷹が来ました。東方から数万のオークが、数ヶ所の国境を超えて王国領に侵入してきたとのこと」

「野生のオークの群れがそれほどの数で移動してくるとは、東方で飢饉でも発生しているのか」

 アーシュの問いに、報告者のエルフは首を振った。

「恐れながら、野生のオークの群れの移動ではなく、整然と行軍してきているとのこと」

「何を言うか。下等で愚鈍なオークどもが、軍隊のように行軍してくるなど、あり得ん」

 アームニスが手を挙げた。

「アーシュ殿。これは最悪の事態を想定すべきでは」

「なんじゃ、最悪の事態とは」

「おおせの通り、野生のオークがいくら集まろうとも、指導者がいなければ行軍などできません」

「何が言いたい?」

「数万の邪悪なオークを率いて、軍団として使役できる者。東方より来たりて周辺国に恐怖をもたらす者。他には考えられません。魔王が復活したのではないですか」

「……なんということを! 魔王は千年前に討伐した。我らエルフの指導の元、人間の勇者とドワーフ、魔法使いの冒険者が困難を乗り越えて倒したであろう。それが、息を吹き返したというのか?」

「統制の取れたオークの行動を、他にどう説明できましょう? 仮に魔王ではないとしても、指導者に率いられ、統制の効いた数万のオーク軍が攻撃してきたとしたら、さすがのオーステ・リジク王国軍でも手を焼くでしょう。万一、王都が陥落するようなことがあれば……」

 ウィローが立ち上がって叫んだ。

「オーステ・リジクが陥ちたら、エステュワリエンが危ない!」

 会議場は騒然となった。

「恐れながら申し上げます。急ぎ遠征軍を編成して、オーステ・リジク王国救援のため派遣する準備を進めるべきかと」

「しかし、急に遠征軍を編成すると言われても、一族で戦いの経験がある者は限られます」

「派兵の期間は? そのための糧食や装備も準備せねばなりませぬ」

 各一族を代表する諸侯が口々に意見を述べて、喧々囂々けんけんごうごうとする中で、ウィローは議長席のアーシュに近づき、顔を寄せた。


「お祖父様。エステュワリエンのボルゲリング市長に、すぐに戦いに備えるよう親書を送っていただけますか。エルフの遠征軍がオーステ・リジク王国に向かうまでは、自力で街を守り抜いてもらう必要があります。私も、直接会って進言しに行きますので、すぐに出発することをお許し下さい」

「うむ。大河流域で最大の軍事力を持つ人間の拠点が、二つともオークの手に落ちるとなっては取り返しがつかぬ。支度ができ次第、すぐに出発せよ」

「ありがとうございます」

 ウィローは、会議場を飛び出して行った。


 東の空に太陽が昇り、すっかり明るくなったころ、狩衣を着込み大弓を担いだウィローが、館の横につながる桟橋から小舟に乗り込んでいた。

 桟橋では、アーシュやアームニスを始めエルフ諸侯がそろって見送りに立ち、最前列にはオフィーリアの姿も見えた。

「ウィローよ。あくまでもエステュワリエンの人間たちに、いくさに備えるように警告することと、敵情の偵察のために行くのであって、ゆめゆめ戦闘に加わるようなことはせぬように」

 アーシュの言葉に、ウィローはにこりと微笑んだ。

「大丈夫。こっちから仕掛けたりはしないから。でも、もし襲ってきたら、ただじゃ置かないけどね」

 横に立つアームニスも呼びかける。

「我々も、遠征軍の準備が整ったら後を追う。それまでは無理をするなよ」

「頼りにしてるよ、アームニス」

「大河の下りも、俊航艇で漕いで行くのか?」

「うん。人間の河船を使うより速いからね。四日もあればエステュワリエンに着くと思う」

 一人乗りの小舟、俊航艇は、川幅の狭い急流から大河まで自在に操ることができ、全力で漕ぐと、どんな帆船よりも高速で航行できる性能を持っていた。


 黙りこくったままのオフィーリアに、ウィローは声をかけた。

「ごめんね。先にエステュワリエンに行くことになっちゃって。遠征軍がオーステ・リジク王国のオークどもを一掃したら迎えに来るから。それまで、悪いけどここで待ってて」

「……はい」

「この首飾りがあれば、いつでもつながっているから、大丈夫だよ」

 ウィローは首元で輝く飾りに手を触れた。オフィーリアも、小箱にしまい込んでいた物を取り出して、今日は首に下げている。

「はい」

「アームニス! 同じ姓のえんがあるんだから、オフィーリアのこと、ちゃんと面倒見てよ」

 オフィーリアが、アームニスの兄のひ孫らしいことは、ウィローから本人に話していた。ただ、ネセト兄の出奔の事情は秘密にされていたので、他のエルフには話していない。

「ああ。大丈夫だ」

「それじゃ出発するね。せっかく遠征軍が来ても、あんまり遅いと、私がみんなやっつけちゃって、一匹もオークが残ってないかもしれないよ」

「無茶するな」

 ウィローの漕ぐ船は桟橋を離れ、滑らかに湖面を進んで行った。


「ウィロー様……」

 オフィーリアは、言いしれぬ寂しさにおそわれて、そっと首飾りに指を触れた。

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