3-3 火急の知らせ(2/2)

 ウィローが出発した翌日、オフィーリアが部屋にこもっていると、扉を叩く音と共に、エルムの呼びかける声が聞こえた。

「オフィーリア殿。オフィーリア殿。おいでいただきたい用件があるのですが」

 プリントンからの手紙を受け取ってから、辛辣なことは言われなくなっていたが、初対面の時の印象が強く、エルムと一対一で対面するのは苦手なままだった。しかし、用件があると言われては断るわけにいかない。

「はい。ただいま」

 部屋着のままであったが、オフィーリアは、そっと扉を開けて廊下に出た。

「ご協力いただきたいことがあるので、上の階に一緒においでいただけますか」

「はい」

 エルムは、前に立って廊下を歩き始めた。

「今朝、エステュワリエンから伝令鷹が帰ってきて、手紙を取ろうとしたのですが、渡してくれないのです。おそらく、姉上が送った手紙への返信で、姉上が宛先になっているではないかと」

「あ、オクサリスに送った手紙の返信ですね」

 二人でエステュワリエンに帰るつもりで、カルムテルグの河船の手配を頼む手紙をオクサリス宛に出していた。

「姉上が宛先でも、オフィーリア殿であればもしかすると受け取れるのではないかと思いまして」

「え?」

 伝令鷹は、手紙の受取人以外には、くちばしと爪で威嚇して絶対に渡さない。無理に近づくと、大ケガをするから気をつけて、とウィローに言われたことを思い出した。ウィローが受取人の手紙を、どうして渡してもらえるのだろう?


「姉上が手紙を送った時に、一緒に伝令鷹にリングを付けておられましたよね」

「はい」

「伝令鷹は、受取人以外でも、受取人の名代と認識すれば渡してくれます」

「名代……?」

「例えば、祖父宛の手紙でも、私が代筆して送った手紙の返信であれば、渡してくれます。オフィーリア殿が、姉上の名代と認識してもらえれば、手紙を受け取れるのです。お願いできませんか」

「で、できるかどうかわかりませんが……」

 リングをはめるところは見ていたので、外し方はわかる。だが、大ケガをするから気をつけて、と言われたことが頭から離れない。


 館の最上階にある部屋の扉を開けると、床に立てた太い棒の上に伝令鷹がとまっていた。鋭い視線で、部屋に入って来た二人を威圧している。

「危険だと感じたら、すぐに離れて下さい。離れれば、それ以上攻撃してくることはありませんので」

 じっと睨みつけて来る視線を、まっすぐに見つめ返しながら、オフィーリアはゆっくりと近づいた。

「ウィローは、今いません。エステュワリエンに行ってしまいました。オクサリスからのお返事を、持ってきてくれたんですね?」

 伝令鷹に宛先を告げる時、ウィローはエルフ語で話しかけていたので、オフィーリアもエルフ語で話しかけながら近づいて行った。しかし伝令鷹は、大きく翼を広げて頭を下げ、威嚇する姿勢になった。

「ウィローはいませんが、私が受け取ってもいいですか?」

 少し離れたところで立ち止まるが、伝令鷹の威嚇する姿勢は変わらない。どうしたらウィローの名代と認めてもらえるのだろう? オフィーリアは、ウィローを思いながら胸に下げた首飾りに手を触れ、もう一度呼びかけた。

「そのお手紙は、私も一緒に送った手紙のお返事です。渡してもらってもいいですか?」

 ゆっくりともう一歩前に出ると、伝令鷹は翼を閉じて頭を上げた。オフィーリアは、さらにゆっくりと前に進み、手を伸ばせば届く距離まで近づくことができた。

「リングを取ってもいいですか?」

 そっと、足に付けたリングに手を伸ばしても、伝令鷹は身動きせず、されるままにしている。カチリと音をさせてリングを外すと、オフィーリアは急足でエルムの前に戻った。

「渡してくれました!」

「良かった。さすがはオフィーリア殿。その手紙は、オフィーリア殿が読んで下さい。姉上は、エステュワリエンに着いたら、直接向こうで話ができるでしょうし」

「そうですね」


 オクサリスからの手紙は、きっと「ちゃんと船の手配をしましたよ」という内容に違いない。手配をお願いしたけれど、ウィローは直接自分の船でエステュワリエンに行くことになったので、無駄になってしまった。シュトルームプラーツを通る時に、カルムテルグ船長には伝言しておくとウィローは言っていた。せっかく手配したのにと、オクサリスがむくれている顔を思い浮かべながら、オフィーリアはリングから手紙を取り出した。


 部屋から出るエルムの後ろについて、歩きながら手紙を読み始めたオフィーリアは、急に立ち止まり悲鳴のような大声で叫んだ。

「待って下さい! 大変です! エステュワリエンが!」

「えっ?」

 振り向いたエルムに、震える手で手紙を渡す。フェルンの筆跡だが、慌てて書いたらしく、なぐり書きのような字でつづられている。

「エステュワリエンにオーク軍が攻めてきたそうです。城門を閉じて戦っているけれど、周りの村は火をつけられて炎上していると……」

「なんですって?! こんなに早くエステュワリエンまで来るなんて。アーシュ様にお知らせして、緊急会議を招集しないと!」

 エルムは手紙に目を通すと、握りしめて走って行った。


「ウィロー様が……危ない……」

 オフィーリアは、廊下に座り込んだ。

「どうしよう、どうしよう。エステュワリエンで戦争だなんて……」

 首飾りを両手で握りしめた。

「精霊よ、どうかウィロー様をお守り下さい。フェルンや、オクサリスをお守り下さい。エステュワリエンの人々をお守り下さい」

 座りこんでいるオフィーリアの横を、息せき切ってエルフ達が走り抜けて行った。





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