3-4 決断
エステュワリエンで留守番をしている執事フェルンからの、急を知らせる手紙を受け取ってから、連日エルムとフェルンの間で伝令鷹のやり取りをしながら、エルフの会議は続いているようだった。オフィーリアは、食事や温水浴に行く以外の時間は、ずっと寝室にこもってウィローの無事を祈り続けていた。
ウィローが出発してから五日目、昼食を終えて台所から部屋に戻ろうとしていたところで、アームニスが声をかけてきた。
「オフィーリア殿。お知らせがあります」
「アームニス様……」
「ウィローから、エステュワリエンに着いたと連絡が来ました」
「ご無事だったのですか?」
アームニスがうなずくと、オフィーリアは廊下に座り込んで床に手を着き、うつむいたまま何度も繰り返した。
「よかった、よかった……。ウィロー様が無事でよかった……」
「今日届いた手紙の中に、オフィーリア殿に宛てたものが入っていました」
アームニスに渡された手紙を開くと、見覚えのあるウィローの筆致で、小さな紙にびっしりと書き込まれている。
『オフィーリアへ。
今日、エステュワリエンに着きました。大河を下っている途中で、エステュワリエンの方角で異変が起きていることに気づき、迂回していたので、予定より日数がかかってしまいました。
幸い、攻めてきたオークどもは、市の衛兵が城門を閉じて食い止めながら、海軍が大河をさかのぼって背後に回り、一匹残らず討ち取ったので、到着した時には、すでに決着が付いていました。エステュワリエン市中は無事です。かつてオーステ・リジク王国の侵略を撃退した時と同じ戦いぶりで、衛兵や海軍の士気の高さは変わりません。
フェルンもオクサリスも元気にしていますので、心配はありません。オフィーリアの歌が聞けないのは寂しいですが、だいぶ慣れてきました。いずれ、大河の両岸からオークを駆逐して平和が戻ったら、水の桃源郷に迎えに行くので、それまで待っていて下さい。
精霊の加護がありますように。ウィロー・キャンディドス』
元気そうな文章に、オフィーリアはほっとした。「そうやって、自由都市エステュワリエンを守ってきたんだ」と誇らしげに言っていたウィローの顔を思い出す。
「アームニス様。ありがとうございます。戦争は、すぐに終わるのでしょうか?」
アームニスは、少し間を置いてから答えた。
「わかりません。エステュワリエンを襲ったオークはごく一部で、大河の対岸のオーステ・リジク王国には、まだ大量の本軍が控えています。また大河を渡って攻めて来るかもしれません」
「遠征軍を送る、とおっしゃっていましたが、いつごろ出発されるのでしょうか?」
アームニスは、押し黙った。
「……まだ、準備に時間がかかりそうですか?」
「遠征軍は、送られません」
「えっ?」
オフィーリアは、エルフ語を聞き間違えたのかと思い、再度聞き直した。
「遠征軍は、いつ出発されるのでしょうか?」
「遠征軍は、送らないことになりました。代わりに、ここ水の桃源郷の防衛を固める方針です。オーステ・リジク王国が攻撃されているだけの時は、大河の向こうで食い止めることが重要でしたが、エステュワリエンまで来てしまった以上、陸続きのここ水の桃源郷にも、いつ攻めてくるかわかりません。兵を送ることで手薄にするわけにはいかないのです」
「そ、それでは、ウィロー様はどうなるのでしょう? エステュワリエンで、援軍が来るのを待っておられるのでは?」
アームニスは、苦しそうな表情になった。
「ウィローには、すぐに帰還するようにアーシュ様からの命令を送りました。しかし、オフィーリア殿の手紙と一緒に届いたアーシュ様宛の返信では、オークどもを駆逐するまで、エステュワリエンから離れないと書かれていました」
「それでは、ウィロー様は!」
「ウィローは、市民と一緒に、あの街を守るために最後まで戦うつもりでしょう」
オフィーリアは、床に座り込んだまま、もう一度ウィローからの手紙を読み直した。
『いずれ、大河の両岸からオークを駆逐して平和が戻ったら、水の桃源郷に迎えに行きます』
それは、いつの日になるのだろう? いや、そんな日は、本当に来るのだろうか? ウィローの手紙は、自分を安心させるために、ことさら明るく、希望的なことだけを書いている。
最初にフェルンから受け取った手紙では、周りの村は火をつけられて炎上していると書かれていた。エステュワリエン市中は無事だとしても、周りの村から食料が運ばれなければ、備蓄も無くなってしまうかもしれない。オークの大軍がまた攻めてきたら、今度は持ちこたえられずに市街まで戦火に包まれてしまうかもしれない。
オフィーリアは、文章の裏に隠されている厳しい状況を思い、いてもたってもいられなくなって来た。
「ありがとうございます。部屋に戻ります」
オフィーリアは立ち上がると、アームニスを置いて自分の寝室に駆け戻った。
寝室に戻ったオフィーリアは、契約を延長してほしいと言われた時の、ウィローの切実な言葉と悲しみをたたえた目を思い出していた。
「オフィーリアが歌える間は、ずっと一緒にいたいの。オフィーリアと一緒にいる時間は、とても貴重だからこそ、精一杯大事にしたいの」
いつか自分が先に年老いて死んでしまったら、残されたウィローはどうなるか。そんな心配が、いかに平和で幸せな想像だったのかを、思い知らされた。ウィローの命は、明日にも失われてしまうかもしれない。このまま、二度と会えなくなってしまうかもしれない。もしまた会えたとしても、自分の限りある人生の時間は、ウィローと共有できたはずの貴重な時間は、取り戻すことはできない。
このままじゃいけない。離ればなれになっていてはいけない。
オフィーリアは、荷物袋に最小限の着替えとウィローが置いていった野営道具を詰め、革長靴を履いた。出発した時は、乾燥食料をたくさん詰めていたが、今はあまり残っていない。それでも数日は持つだろう。
「ウィロー様。私もエステュワリエンに行きます」
オフィーリアは、誰にも声をかけずに館を出た。
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