3-5 真夜中の航行(1/3)

 オフィーリアがシュトルームプラーツに着いたのは、水の桃源郷を出発してから三日目だった。登ってきた時は四日かかったが、ずっと下り坂が続くこともあり、夜眠る時間も削って、かなりの速さで走破していた。

 桟橋の近くに船員ギルドの建物があるのを見つけ、オフィーリアは勢い込んで扉を開けた。中には、数名の船乗りと思われる男たちが、テーブルを囲んで何か真剣に話をしている。

「カルムテルグ船長は、いますか?」

「うん? カルムテルグなら、仕事が取りやめになったからって、下流のナベヘレイヘに帰ったぜ」

 遅かった。ウィローが伝言を残して行ったので、もうここを離れてしまったのか。

「あの、誰かエステュワリエンまで乗せて下さいませんか? 大急ぎで行かないといけないんです」

 テーブルを囲んでいる船乗り達は、みな首を振りながら口々に言った。

「そりゃあ無理だ」

「お嬢さんは聞いてねえのか? エステュワリエンで戦争がおっ始まって、村も桟橋も焼けちまったって話だ。村に住んでた連中の生き残りは、みんなナベヘレイヘに避難してるしな」

「周りにはオークがうろうろしてるらしいから、恐ろしくてとても近づけねえ」

 オフィーリアは必死に食い下がる。

「知っています。でも行かないといけないんです。お金ならいくらでも出します」

 それでも、船乗り達は首を振るばかりだった。


「いくら払う?」

 テーブルから離れた部屋の片隅の薄暗い場所から、くぐもった低い声がした。隅に置かれた長椅子の上に横たわり、顔に布をかけている男が、声をかけてきたようだった。

「え……」

 意外な所から急に声がしたので、オフィーリアは戸惑って口ごもる。

「エステュワリエンまで運んだら、いくら払うんだ?」

 男は、顔から布を取って長椅子の上に起き上がった。無精ヒゲを伸ばし、鋭い眼光でこちらを見すえながら、追い込むように重ねてくる問いに、オフィーリアは焦りながら考えた。手元にはウィローからもらった契約金の残り一千八百ムントがある。しかし、これを全部使ってしまう訳にはいかない。

「一千ムント払います」

「二千だ!」

 男は、オフィーリアの回答を押しつぶすように、強い声で被せてきた。

「に、二千ムントですか?」

 それでは、手持ちでは足りない。テーブルにいる他の船乗りを見ても、みな目をそらしてオフィーリアとは目を合わせてくれない。


「どうすんだ? 二千払って乗って行くか、諦めんのか」

「あ、あの、一千ムントは、今すぐ前金で払います。残り一千は、エステュワリエンに着いたら払うということではどうでしょう」

 とりあえず、向こうに着いたらウィローに頼んで、来月の契約金から二百ムント前借りしよう。他に手はない。

「エステュワリエンに着いたら、間違いなく支払うという保証は?」

「私は、エルフのウィローに雇われています。向こうに着けば、ウィローが残金を支払ってくれます」

 ウィローの名前を聞くと、男は片方の眉を上げた。

「エルフのウィローだと? 市長や軍にも顔が効くって評判の大物じゃねえか」

「……」

「こいつは、いいカネづるを見つけたかもしれねえな」

 男は、ニヤリと笑うと長椅子から立ち上がり、空いているテーブルに座った。こちらを向いて手招きされても、「カネづる」と言われて、あまり関わってはいけない人物かもしれないと感じて、オフィーリアはちゅうちょする。


「こっちに来いよ。エステュワリエンには、どっから入るつもりだ? 東門の外の桟橋は焼けちまって使えねえからな」

 オフィーリアは、恐る恐る男の座っているテーブルの椅子に腰を下ろした。

「手前のナベヘレイヘで降ろしても、北門まで歩いて行ったら、待伏せしているオークに見つかって、食われちまうだろうし」

「市内に入る方法はないですか?」

 オフィーリアは、不安なまなざしで男を見つめている。男は腕を組んで上を向き、くちびるを閉じたまま、ふむと息を出した。

「方法は一つしかねえな。大河の河口から海に出て、岬をぐるっと回って外洋港に入る。本当は、河の民が操縦する船は外洋港に入っちゃなんねえ決まりだが、それしかねえ」

「海から、港に?」

「ああ。一度、エステュワリエンの正面玄関から船で乗り込んでやりたかったんだよ。いい機会だ」

 男は、右手の手のひらを広げてオフィーリアの前に出した。オフィーリアは、革袋から金貨を十枚取り出すと、その手の上に乗せる。

「ほう。傷一つない新品金貨じゃねえか」

 手に乗せた金貨を一枚ずつ確かめて頑丈な革袋にしまうと、男は改めて手を差し出してきた。

「俺はグートルーエン。ここを根城にして、船に乗り始めて三十年になるから、大河は目をつぶってても航行できる。任せておけ」

 恐る恐るさし出してきたオフィーリアの手を握ると、グートルーエンはニヤリと笑った。



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