3-5 真夜中の航行(3/3)
「そこの帆船に告ぐ! すぐに停船せよ! 命令に従わない場合は、即時に攻撃する」
軍艦の甲板から、
「停船するぞ。帆を風向き縦に揃えろ!」
水夫が綱を引いて帆柱の向きを変えると、帆は風を受けるのをやめて垂れ下がった。二艘の巨大な軍艦は、舷側から突き出した数十本の櫂を使って減速しながら、グートルーエンの船を両側から挟む位置についたが、甲板には弓に矢をつがえた兵がずらりと並び、こちらを見下ろしながら狙いを定めていた。
「待て、待て、待て! 俺たちは味方だ! 河の民のグートルーエンだ!」
「河の民が操縦する船は、外洋港への入港は禁じられている。直ちに立ち去れ」
グートルーエンは、口元に手を当てて、大声で叫んだ。
「東門の桟橋は、焼けちまって使えねえんだよ。それに、重要な客人を連れて来たんだ」
「河の民の村のことは、我々は関知しない。直ちに立ち去れ」
「エルフのウィロー殿に至急の伝令を持ってきた使者を乗せてんだ。大河の上流のエルフの郷から、ウィロー殿の副官、オフィーリア殿が来たと伝えろ! 取り継がなかったら、お前らみんな首を刎ねられるぞ!」
グートルーエンの言いっぷりに、オフィーリアは焦った。副官? 至急の伝令? 首を刎ねる? 話をふくらませ過ぎ……
「せ、船長。いくらなんでも、話を作り過ぎでは」
「いいんだよ」
グートルーエンは、オフィーリアの方を振り向いて小声で言う。
「あれぐらいかましてやらないと、頭の固い軍人には通じねえからよ。ウィローの名前を出せば効果てきめんだろう」
しばらく軍艦には何の動きもなかったが、やがて拡声器から大声が響いてきた。
「わかった。そちらの船は、本艦が港まで曳航する。使者のオフィーリア殿には、海軍本部で待機いただいて、ウィロー閣下に確認する」
その声と共に、弓を構えていた兵は一斉に
「どうやら効いたみてえだな。軍艦が曳いていれば、河の民が操縦する船じゃないから違反じゃないって理屈か」
グートルーエンは片目をつぶって、ニヤリとした。
軍艦の舷側から出ている櫂が号令に合わせて一斉に海面を漕ぐと、前進しながら急激に向きを変え始める。グートルーエンの船と同じ向きに揃うと、軍艦の最後尾から、太い綱が甲板に投げ込まれてきた。
「その綱を、舳先のもやい綱にしっかり結びつけろ。危なくなったらすぐ
グートルーエンの指示に従い、水夫の一人が綱を拾い上げ、舳先にかかる綱に結びつけた。それを確認すると、軍艦は港に向かって前進を始める。
「これで、港までなんもしないで行けるな。しかし軍艦てのは、大きな帆も付いてるが、あんなふうに漕いで向きを変えたり、進んだりもできるんだな。図体はでかいくせに、小回りも効くってことか」
「すごいですね」
「だけど、あの櫂を全部魚網で引っ掛けてやったら、てんてこ舞いすんだろな」
「そんな悪戯しちゃダメですよ!」
オフィーリアとグートルーエンは大笑いした。いつの間にか、気持ち悪さと吐き気はふき飛んでいた。
「海軍の奴らは、大河でもどこでもデカい顔してのさばってやがるから、好きじゃねえんだよ。いつか鼻を明かしてやって、『済みませんでした』って頭下げさせてやりてえと思ってるんだけどな」
「そんなこと考えてるんですか?」
「河の民は、みんな思ってるよ」
グートルーエンは、前を進む軍艦の航路を見て舵を切りながら、胸を張った。
オフィーリアの目の前には、懐かしいエステュワリエンの夜景が広がり、次第に近づいて来る。
ついに帰ってきた。ウィローは第一声で、なんと言ってくれるだろう? 水の桃源郷で待っているように言われたことを聞かず、危険を犯してやってきたのを、怒られるかもしれない。でも、それでも構わない。
オフィーリアは、胸の首飾りに手を触れた。
死が二人を分つまで、もう離れることはありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます