4章 守護聖人

4-1 立ち上がる人々(1/2)

 ギシギシとベッドが軋む音がして、目を覚ましたが、あたりは真っ暗だった。まだ真夜中か。オフィーリアは目をつぶり、また寝ようとしたが、ぺたぺたと歩く足音が聞こえる。足音が止まり、重い扉を開く音とともに、明るい光が差し込んで来た。

 目を開けると、扉の外には朝日が当たって輝く庭が見えている。扉の前に立ち、逆光で影になっている姿から元気な声が飛んできた。

「おはようございます! オフィーリア様!」

「おはよう。オクサリス」

 ベッドの上に起き上がると、隣で寝ているウィローは、うーんと言いながら、布団にくるまったまま扉と反対の壁側に寝返りを打った。明るくなっても、まだ起きるつもりはないらしい。


 貯蔵庫には窓が無いので、扉を閉めていると真っ暗だということに、オフィーリアは初めて気がついた。そもそも人が住むための場所ではないから仕方ない。棚を改造して作った二つのベッドの上に、二人ずつ並んで寝ているのも、以前の生活では考えられないことだった。昨日の夜の音曲は、フェルンとオクサリスも初めて横で聴いていた。

 ただ、そのおかげで、朝までウィローと触れ合ったまま寝ていられる。


「今日も天気がいいので、外で朝食にしますよ」

 そう言いながらオクサリスは、貯蔵庫のすぐ前に置いてある折り畳みテーブルと椅子を、雑巾で拭き始めた。元々は、外でお茶をする時のために、庭に置かれていたものだ。

 オフィーリアが貯蔵庫の外に出ると、目の前に、焼け崩れた館の残骸が広がっていた。昨夜は、小さなランプの灯で見ていたので全体がわからなかったが、明るい日差しの下で見ると、瓦礫の山の中に一部の壁や柱だけが立っている様はあまりに無惨だった。寝る前に、暗闇の中でオクサリスが大鍋で湯を沸かしてくれて温水浴した浴槽は、今見ると、焼け跡から持ち出してきたのがはっきりわかるほど、外側が焼け焦げていた。

 そのまま庭の端まで歩いて行き、切り立った崖の下を見下ろすと、かつては家々の屋根がひしめいていた河の民の村は、全て焼け落ちて黒い炭が積み重なっているばかり。遠くを見渡せば、大河の向こうに、オーステ・リジク王国領が以前と同じように見えているが、あちこちで大きな煙が上がっているのが見えた。今まさに、オークと戦いになっているのだろうか。明るい朝だというのに、オフィーリアの心の中は暗く晴れないままだった。

 ふと気がつくと、他にはまったく船がいない大河の上を、二艘の大きな帆船と小さな河船が並んで進んでいるのが見えた。

「グートルーエン船長の船だ」

 向こうから見えるかどうかわからなかったが、オフィーリアは大きく手をふった。


 テーブルに戻ると、貯蔵庫の前でオクサリスが、レンガを積み上げた小さなかまどに手際よく火を起こし、鍋をかけていた。その横でフェルンは、塩漬け肉と乾燥キノコを刻んで鍋に入れ、カゴに盛ったパンや、瓶詰めのジャムをテーブルに並べていく。やがてスープができあがると、フェルンは鍋を竈の火からおろし、代わりに水と茶葉を入れたポットを乗せて、オフィーリアに声をかけた。

「お茶ができたら、お召し上がり下さい」

「でも、ウィロー様がまだ起きてきませんね」

 貯蔵庫の扉の奥の薄暗がりの中で、布団にくるまって寝ているウィローが見える。

「前から朝寝坊でしたけど、あの貯蔵庫で寝るようになってから、さらに寝起きが悪くなっちゃったんですよ。朝になっても暗いからですかね」

 そう言いながら、オクサリスは貯蔵庫の中に入っていった。


「ウィロー様! ウィロー様! 起きて下さい! お食事ができましたよ!」

「うーん……」

「オフィーリア様が、お腹空いたって、怒ってますよ」

「えっ!」

 暗がりの奥で、ウィローが飛び起きたのが見える。オクサリスが出てくるのに続いて、髪の毛がぐしゃぐしゃになったままのウィローが出てきた。

「……うう。おはよう、オフィーリア」

「おはようございます。別に怒ってませんよ」

 オフィーリアが、めっと軽くにらんでも、オクサリスは竈の横で得意そうな顔をしながら、鍋のスープを木のボウルにつぎ分けていた。

 隣の椅子に座ったウィローの髪が、あまりにも乱れているので、オフィーリアは手ですき始める。おとなしく、されるままにしているウィローのさらさらの金髪は、軽くすくだけですぐに真っ直ぐになった。

「スープが冷めないうちに、お召し上がり下さい」

 フェルンが、木のコップにお茶を注ぎながら声をかけると、三人は一斉にスープを手に取った。


 一ヶ月ぶりに、ウィロー達と一緒のテーブルについて食事をしていると、ようやく家に帰ってきたという安心感と喜びがあふれてきて、オフィーリアは珍しく饒舌になっていた。水の桃源郷からシュトルームプラーツまでの陸路で、夜中に魔狼ワーグの遠吠えの声が聞こえてきて怖かったこと。グートルーエン船長の神技のような操船技術で暗闇の大河を下ったこと。エステュワリエン海軍の軍艦から一斉に弓を向けられて震え上がったこと。語りたい冒険の話は尽きない。オクサリスは聞きながら、いちいち一緒に怖がったり感心したりして相槌を打ち、ウィローは目を丸くして、もうそんな無茶しないでよ、と繰り返していた。


「オフィーリア。今日は、ハルスケッテに会いに西の丘のドワーフ村まで行くけど、一緒に来る?」

 用意した食事を終え、おかわりしたお茶を飲んでいると、ウィローが問いかけた。

「ご一緒しても、差し支えないのですか?」

「うん。ハルスケッテとの話は、聞いててもつまらないだろうけど、貯蔵庫の中にずっといてもやることないだろうし。市民市場とか、戦争が始まってからだいぶ様変わりしているから、見ておいてもいいかなって」

「では、ご一緒させていただきます」

 ウィローはニヤリと笑って付け加えた。

「それでは、オフィーリア特任参謀副官に、同行を命ずる」

「やめて下さい……。専属音曲士です……」

 グートルーエン船長のホラ吹きが、まだ尾を引くなんて。オフィーリアは、恥ずかしくてまっ赤になった。


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