4-2 自由都市同盟(1/2)
市街地を抜けて、街のすぐ西側に迫る丘の小道を登っていくと、初めてオークに出くわして気を失った時に担ぎ込まれた、ハルスケッテの家についた。ウィローが、岩屋の扉に付いている大きな金具のノッカーをつかみ、コツコツと大きな音を響かせる。
「ハルスケッテ! お待たせー。ウィローだよー」
すぐに扉が開き、長いひげを編み込んだ厳つい表情のドワーフが顔を出した。
「よく来た。入ってくれ」
「オフィーリアも連れて来たけど、いいよね?」
「あ、あの時は、お世話になりました」
挨拶するオフィーリアの目を見ながらハルスケッテは黙って会釈し、二人を中に招き入れた。
「あの頑固ジジイも、ようやくこっちの思ってることを理解してくれたんだ。ありがとうね。しかし、ほんと頭ん中のぞいて見てみたいよね。きっとカチンカチンの金でできてるよ」
「ウィロー! しっ!」
「え?」
薄暗い部屋の中で振り返ったハルスケッテの後ろから、部屋中に響く大きなだみ声が聞こえてきた。
「誰の頭の中を見てみたいと? 水のエルフ! 確かにお前よりは、ずっと歳を取っておるし、金鉱山のことばかり考えておるがな」
その声を聞いた途端、ウィローは首をすくめた。
「なっ、なんでフェルセンバントがここにいるの?」
部屋の奥で椅子に座ったまま、声の主は、ふんと鼻息を鳴らした。
「ハルスケッテに、人間と同盟を結んでオークどもを蹴散らしたい、と提案を受けたが、その裏にエルフがいると聞いてな。どこまで肚が据わっておるか、確かめに来てやったわ」
ウィローは首をすくめたまま、小声のエルフ語でつぶやいた。
「まったく疑り深いジジイだな」
「何か言ったか? 歳をとって耳は遠くなったが、相手の心の内は、手に取るようにわかるようになってきたからの。大方、悪口でも言っておったのだろう」
ウィローは、取ってつけたような笑顔になり、人間の言葉に戻して答えた。
「悪口だなんて、とんでもない。『さすが族長ともなると、注意深く堅実だなあ』と感嘆しておりました」
それを聞いて、オフィーリアは思わず吹き出しそうになったが、必死にこらえる。相手はドワーフで、エルフ語がわからないのをいいことに、ずいぶん意訳してる。
「それより、鉱山からここまで、まだオークがうろついているかも知れない田園地帯をやって来るなんて、危険過ぎるよ」
フェルセンバントは、ふっふっと声もなく笑いながら答えた。
「心配には及ばん。わしらは、わしらの領域で動いておる。オークどもがいるような道は通らん」
「えっ?」
ウィローは目を丸くした。
「まさか、鉱山からこの西の丘の下まで、坑道を掘ったの? いつの間に?」
フェルセンバントの横に腰掛けたハルスケッテは、編み込んだ髭を手でしぼりながら、代わりに答えた。
「開通は先月。この村の工房に精錬した金やエルフ銀の塊を運び込む時に、盗賊に狙われない安全な道を持つために、昔から掘っていた」
「知らなかった」
ウィローは、テーブルの下の椅子を二つ引き寄せると、片方をオフィーリアに勧め、もう一方に座った。
「じゃあ、鉱山からここまで、安全に移動できるようになったんだ」
ハルスケッテは、黙ってうなずく。
「して、水のエルフよ。お前が画策している人間とドワーフの同盟とは、何を目的にしている? なぜ、他のエルフ達のようにエステュワリエンから逃げ出さずに、舞い戻って来た?」
フェルセンバントの問いに、ウィローは少し間をおいてから口を開いた。
「エステュワリエンの理念を守りたいんだよ。この街の暮らしを支えている自由都市の理念。ドワーフの言葉で言うと
「自由都市の理念、か」
「千年前の魔王戦争の時に、エルフとドワーフと人間が力を合わせて、圧政に抗して自由を守る砦としてこの街を建てたでしょ。三方を険しい丘に囲まれて、狭い門で出入りを押さえ、南には大きな船が出入りできる深い港を持ち、海軍が守る。どんな侵略にも圧政にも屈しない、自由な市民の拠り所。この自由都市の理念を守りたいから」
フェルセンバントは厳しい表情になる。
「自由都市の理念か。今のエステュワリエンに、守る価値があるのか? ギルドの連中はカネ儲けのことで頭がいっぱいで、周辺の住民のことなど気にもしておらん。エルフも、お前をのぞいて皆おらぬようになった。河の民もだ。自由の理念など誰も気にしておらんのではないか?」
「そんなことないよ!」
ウィローは気色ばんだ。
「沢山の市民が、自分の意思で自由を守るために立ち上がっているよ。市民だけじゃない。田園地帯の村に住んでいる人も、エステュワリエンに駆け込んできて、力を合わせてる。河の民だって」
オフィーリアの方をちらりと見て続ける。
「オフィーリアを私の所に届けるために、命懸けで船を出して港まで来てくれたし」
ウィローの目には、少し涙が浮かんでいるようだった。
「自由都市の理念は、間違いなくみんなの心の中にあるよ。絶対に守らなきゃいけない」
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