4-2 自由都市同盟(2/2)

 フェルセンバントは、しばらく黙ってウィローの目を見ていた。ウィローも、みじろぎもせずフェルセンバントをにらみつけている。やがて、ゴホンと咳をすると、ドワーフ特有の厳しい表情を和らげた。

「うむ。鉄鉱石を割るくらいには肚が据わっておるようじゃ。わかった。人間と同盟を結んで、オークどもを蹴散らしてやるとしよう」

「ありがとう!」

 ウィローが手の甲で涙をぬぐうのを見て、フェルセンバントは、またふっふっと笑った。

「わしも、あの汚らわしいオークどもは好かん。我々の鉱山ヤマを汚されるようなことがあっては、ご先祖様に申し開きができんからの」

「じゃあ、契約の神聖紙を用意して、市長と取り交わしする手続きは、役所を通して準備してもらうようにするね」

 フェルセンバントは鷹揚にうなずいた。


「それで、オークどもは、今どうしておる?」

 フェルセンバントの問いに、ウィローは身を乗り出した。

「水の桃源郷から昨日届いた報告だと、オーステ・リジク王国の王都を攻撃していた最大のオーク軍が、攻撃をやめて西に動き始めたらしい。他にも、地方の城を攻撃していたオーク達も一斉に西に移動し始めてる」

「つまり、総がかりでこっちに来ていると言うことだな」

 ウィローはうなずいた。

「こちらに到着するのは、何日後だ?」

「正確にはわからないけど、大河を渡るには大量の船で往復する必要があるし、こちら岸に渡ってから態勢を整える必要もあるから、早くて五日後じゃないかな」

 フェルセンバントは腕を組み、ふんと鼻息を鳴らした。

「それだけあれば充分。鉱山ヤマの屈強な男ども二千を集めて、この丘に送り込んでやろう。大槌ボアハマーを振り回せば、オークなぞ一撃で吹っ飛ばせる強者ツワモノばかりだ」

「ありがとう。頼りにしてるよ」

「そうと決まれば、誓いの盃だ。ハルスケッテ! 蜂蜜酒だ」

 ハルスケッテが黙って立ち上がり、部屋の奥から金の高台杯を四つと、金色の酒の入っているガラス瓶を持って来て並べ始めると、オフィーリアは遠慮がちにウィローに聞いた。

「あの……、私も参加していいのでしょうか?」

「そなたは人間の代表じゃ」

 高台杯を手に、ハルスケッテが蜂蜜酒を注ぐのを受けながら、フェルセンバントは厳かに答えた。

「ドワーフと、エルフと、人間の同盟じゃ。それぞれの代表がいる。そなた、名はなんと申す?」

「オフィーリア……、オフィーリア・リカレストです」

 四人の杯になみなみと蜂蜜酒が注がれると、フェルセンバントは立ち上がって杯を掲げた。

「我らの自由を守るため。我らの尊厳を守るため。今ここに、ドワーフの代表フェルセンバント、エルフの代表ウィロー・キャンディドス、人間の代表オフィーリア・リカレストの三名と、証人たるドワーフのハルスケッテは、自由都市同盟の復活を宣言する。乾杯!」

「乾杯!」

 オフィーリア以外の三人は、一気に杯を飲み干した。オフィーリアは、蜂蜜酒を飲むのは初めてだったので、恐る恐る口をつけた。甘い口当たりに、ちくちくと泡立つ刺激と酒の香りが舌に広がり、思っていたよりは飲みやすい。もう一口、飲もうとしたところで、杯を干した三人の注目が集まっていることに気づき、あわてて残りを喉に流し込んだ。焼けるような刺激が喉の奥に広がり、熱を持ってくるのを感じる。


「千年ぶりの自由都市同盟の復活じゃ。今日は夜まで、大いに飲もう!」

「いや、ごめん。市役所に行って同盟の契約手続きを頼んでこないといけないし。乾杯も終わったから、これで引き上げるね」

 フェルセンバントは、ハルスケッテが注いだ二杯目の蜂蜜酒をぐいっと一息に飲み干すと大声で怒鳴った。

「何を言うか! 生死を共にする誓いの杯を受けられぬと申すか!」

「そ、そんなことは言ってないけど……」

 また首をすくめたウィローから、助けを求める視線を向けられたハルスケッテは、ドワーフ語で何かをフェルセンバントに話しかけた。しばらく二人で話しあっているうちに納得したのか、フェルセンバントはそれ以上怒鳴り散らすことはなかった。

「ウィロー。もう行くのであれば、新しい坑道の出口を案内する」

「ありがとう!」

 ウィローがそそくさと立ち上がったので、オフィーリアも、あわてて追いかけた。


 ハルスケッテと並んで家を出た途端、ウィローは大きく伸びをした。

「ああ緊張した。あの頑固ジジイは、やっぱり苦手なんだよね。ハルスケッテ。いつもありがとう。助かったよ」

「ああ」

 ハルスケッテは、岩場に取り付けられた大きな扉の前に立つと、オフィーリアとウィローの方を振り向いた。横には、大きな滑車が吊り下げられたやぐらもあり、地下から大きな荷物も持ち上げられそうだった。

「ここが、鉱山からつながる坑道の入口。地下に、歩くための通路と、鉱石を運ぶ荷車のための舗装路ができている」

「じゃあ、武器を持った二千名の戦士が、相手に気づかれないまま一気にやって来られるってわけだ」

 ハルスケッテは黙ってうなずいた。

「さすが。ドワーフはすごいよ」

 ウィローが微笑む顔を見て、オフィーリアは安堵した。商業ギルドの統領が、傭兵を連れて逃げ出してしまったせいで足りなくなった兵士は、穴埋めできたのだろう。

 これで、きっと大丈夫なのだろう。そう信じていた。

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