4-3 水の祈り(2/2)

 貯蔵庫の中で、少しだけ隙間を開けた扉の内側に立ち、外の気配をうかがっているオフィーリアは、もう何回目になるかわからない押し問答を、オクサリスと繰り返していた。


「ねえ、ウィロー様は無事かしら?」

「きっと大丈夫ですよ」

「敵に囲まれて危険なことになってないかしら」

「囲まれても、ウィロー様は大丈夫です」

「心配だから、ちょっとだけ見に行くのは?」

「オフィーリア様の方が危ないから、絶対にダメです」

 オフィーリアは、大きくため息をついた。

「ああ、心配で心配で、じっとなんてしてられない」

「ウィロー様は大丈夫です」

 オクサリスは胸を張って繰り返した。


 扉の外から、地響きのような轟音が聞こえて来た。

「な、何の音?」

「さあ……。何でしょう……?」

 オクサリスも少し不安な表情になり、オフィーリアと共に扉の隙間から外の気配をうかがう。やがて、バキバキと材木が壊れるような音と轟音がすぐ近くで響き、地面が揺れるのを感じた。

「え、地面が揺れてる! 何が起こってるの?」

「ど、どうなってるんでしょう? この間、オークが攻めて来た時は、こんな音はしなかったんですが……」

 さっきまでの自信はどこかに行ってしまい、オクサリスはとうとう、オフィーリアの袖をつかんで震え始めた。

「ちょっと、様子を見てくる」

「あ! まだダメですよ!」

 オクサリスが止めるのも聞かず、オフィーリアは貯蔵庫の扉を開けて外に飛び出し、庭の前の崖っぷちまで来て眼下を見下ろした。


 崖の下に広がる大河は、見慣れた普段の光景とは一変していた。対岸とこちらの岸の間に、大きなうねりが行き交い、対岸では陸地の奥まで水が広がっているようだった。崖の真下の河の民の村だったところは、大波にさらわれて焼け跡の材木も何も残っていない。

「こ、これは、何ごと?」

 横に並んで目を丸くしているオクサリスに、オフィーリアはそっとささやいた。

「きっとウィロー様です。旅をしている間に見たことがあります。もっと小さな川でしたけど、水を操り、大波を起こして魔狼ワーグを追い払っていました」

「ウィロー様の技? アクアトリメンテだとしても、大河を丸ごと動かすなんて大規模なのは、見たことないです」

 オクサリスは首を振った。

「誰がやったにしても、これでオークはいなくなったのかしら?」

「そうですね」

 オクサリスは、大河の向こうを眺めながら答えた。

「このあたりの連中はいなくなったみたいですね」

「じゃあ、戦争はもう終わり?」

「それは、わかりません。北門や港から、まだ攻めてくるかもしれませんから」

「そう……ね……」


 オフィーリアは振り向くと、早足で庭を横切り、街を見下ろす坂道にやって来て立ち止まった。あわてて後ろについてきたオクサリスも隣に立ち、ぐるりと周りを見渡していたが、左手の港の異様な光景を見たとたん大声を上げた。

「ええっ! なんてこと!」

 港の外側には、見たことのない真っ黒な帆船が二十隻近く並び、港の前にいるエステュワリエン海軍の軍艦と向き合っていた。至近距離にいる真っ黒な船と海軍の船の間には、矢が飛び交っているようで、何隻かの軍艦からは火の手が上がっていた。

「あの黒い船は、何?」

 オフィーリアは、震える声で聞く。

「きっと海賊船です。貿易船を襲って、金品を強奪するのが仕事なので、いつも遠洋で海軍の軍艦が追い払っているんですけど。こんな港の近くに来るなんて見たことありません」

 オクサリスは、不安そうな顔になってオフィーリアの袖を掴んだ。

「あんな風に、海賊船が港の出口をふさいでしまって海軍が港を出られないと、前の時のように大河をさかのぼって北門の応援ができなくなってしまいます」

「それって……」

 北門の方から、大きな重低音が三回、響いてきた。

「大角笛だ! あああ、北門でも戦いが始まるみたいです。危ないから、貯蔵庫に戻りましょう!」

「でも」

「でもじゃないです! こんな所をうろうろしていてケガでもされたら、ウィロー様に申し開きできません!」


 オクサリスはオフィーリアの腕をつかむと、有無を言わさず貯蔵庫の方に引っ張り始める。

「待って、待って」

 オフィーリアは、オクサリスを抱きかかえるようにして立ち止まった。

「ねえ。あの海賊船を何とかしないと、北門のウィロー様も危ないのよね?」

「そうかもしれません」

 オクサリスも、仕方なく立ち止まる。

「何とかするには、どうしたらいい?」

「私たちには、どうしようもありません! 船をやっつけるには、もっと多くの船を連れて来ないと」

「もっと多くの船……。船を持っている人に頼めば……」

「船と言っても、相手は海賊ですよ。そこらの漁船じゃ無理です」

 オフィーリアは逆にオクサリスの腕をつかんだ。

「でも、危ない仕事でも引き受けてくれる人を知ってる。腕も確かだし」

「え?」

「一緒に来て!」

 オフィーリアは、館とは反対に街に下りる坂道に向かって走り始めた。オクサリスも、あわてて追いかける。

「ちょっと! 待って下さい! 私がウィロー様に怒られます! オフィーリア様!」

 オフィーリアは、坂道を転がるような勢いで下りて行った。




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