1-4 歌と芳香の日々
ウィローとオフィーリアの二人で市場から買い出してきた食材と、貯蔵庫から運び出した塩漬け熟成肉や、乾燥させたキノコや木の実も合わせて、フェルンとオクサリスの二人が腕を振るった豪華な料理が作られた。
「ね! フェルンとオクサリスも一緒に席について! 今日は、オフィーリアの歓迎会だから、みんなで一緒に食べよう!」
フェルンが果実酒を四つのグラスに注ぎ、四人揃って席に着くと、ウィローがグラスを捧げて首を垂れ、エルフ語で祈りの言葉を唱えた。
「
「セレブレス、オムネス!」
エステュワリエンまでの長旅の間、
食事の間ウィローは、今日の昼間、エステュワリエンの街や河の民の村で見たことや、街の有名人の面白い失敗談などを語り続けた。大笑いしているオクサリスや、静かに微笑んでいるフェルン達に囲まれていると、オフィーリアの緊張もいつの間にかとけてくる。もしかすると、このエルフ達なら大丈夫かもしれない。そんな気がしていた。
食事の後、温水浴をして体を清め、真っ白い肌着に着替えると、オフィーリアはフェルンに呼ばれて、ウィローの寝室に行った。
「失礼します……」
おそるおそる寝室に入ると、ウィローも半袖の肌着に着替えてベッドの上に座っていた。長袖の外出着を着ていると見えないが、腕や首元の真っ白な肌に、ところどころ、ケガのあとが残っているのが見える。オフィーリアは、なぜそんな傷があるのか不思議だったが、わざわざ聞くのも失礼だと思い、何も言わないことにした。
「ああ、ドキドキするなあ。寝る前にオフィーリアの歌声を聴けるなんて、信じられないくらい幸せ!」
ウィローの満面の笑顔を見たとたん、オフィーリアはまた胸が苦しくなってきた。音曲を聞いたとたん、態度が豹変するのではないか。自分の歌う音曲は、やはりエルフの歌う本物とは違う、と言われたらどうしよう。どんどん不安が募ってくる。
「ねえ、記念すべき一曲目は何を歌ってくれる?」
ベッドに腰掛けて、両手を膝の上に揃えたウィローが、わくわくした様子で前のめりになって聞く。
「伝統的なエルフの音曲は、ほとんど覚えていますので、お好きな曲名を言っていただければ歌います」
「そう? それじゃ『
「わかりました」
オフィーリアは、ウィローの正面に立って姿勢をただすと、胸に手を当てて、小さな声で精霊への祈りを唱えた。
「
唱え終わると、すうっと息を吸い、静かに歌い始める。
「アーリア、ダイス、フィニトール。エトノクス、レータ、ベニー……」
深く静かな湖のような広がりのある根音に、柔らかくかかる中間音、そして優しく包み込むような高音が重なって部屋の中を満たしていく。ウィローは、両手を胸の前にそろえて左手で右手を包み込むように握り、目をつぶって聴いている。
最後のメロディを二度繰り返し、静かな余韻を残して歌い終わっても、ウィローは目を閉じたまま、じっと動かなかった。ただ、大きく肩で息をしているばかり。
「ウィロー様?」
とうとう待ち切れなくなったオフィーリアが、小さな声で呼びかけると、ビクッと体を揺らして、ゆっくり目を開いた。どこか夢見るような、とろんとした眼差しでオフィーリアを見ながら、右手をベッドに置いてささやく。
「オフィーリア……。横に座ってくれる?」
「はい」
間をあけてベッドに腰掛けると、ウィローは自分の腰のすぐ横を右手で軽く叩きながら、またささやいた。
「もっと、近くに来て」
「は……はい」
オフィーリアが、びくびくしながら近づいて座ると、ウィローはそっと体を傾けてオフィーリアに寄りかかった。オフィーリアの腕に触れた肌は、熱病にかかった人のように熱く、荒い息をしているのがその動きから伝わる。昼間は真っ白だったウィローの頬も、ロウソクの明かりのせいか真っ赤になっているようだった。バラの花のような、甘く
「ウィロー様、大丈夫ですか?」
「大丈夫……。とっても気持ちよかっただけだから……。もう少し、このままでいさせて……」
しばらくして、荒かった呼吸も落ち着き体温も下がってくると、ウィローはもたれかかったまま、静かに寝息を立て始めた。オフィーリアは、そっとウィローをベッドに横たえてシーツをかけ、ほほえむような寝顔を見ながら、ふうっとため息をつく。
ゆっくり立ち上がってろうそくの灯りを消し、音を立てないように真っ暗な廊下に出る。ドアを閉め、振り向いたとたん、真後ろにフェルンが立っていることに気がついて飛び上がった。
「うわっ」
「しー! ウィロー様は、お休みになりましたか?」
「は、は、はい。眠っています」
あまりの驚きに、心臓が激しく鼓動している。
「今日は、お帰りになってから、どこか不安で落ち着かない様子だったので、心配しておりました。オフィーリア様のお陰で、ゆっくり眠ることができたのなら良かったです。本当にありがとうございます」
「はい、あの、私でお役に立てるのなら。歌うことしかできませんが……」
フェルンは、
「一日、お疲れさまでした。おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
廊下の先にある自分の寝室に戻ると、オフィーリアは、壁にかけられたロウソクの火を消してあおむけにベッドに倒れ込み、大きく息をついた。
「なんとか、一日無事に過ごせた」
横を向いて体を丸める。
「さっきのウィロー様の香り、懐かしかったなあ」
プリントン・ウーデ音楽院で寮の同室にいたエルフの女性からも、時々バラのような香りがすることがあった。人間であるオフィーリアを疎んじるエルフが多い中で、彼女は仲良く接してくれた。部屋の中で、リラックスしながら練習曲を歌っている時に抱きつかれることもよくあり、そんな時は、必ずバラの香りを吸い込んでクラクラしていたものだった。
「もしかすると、ウィロー様なら大丈夫かもしれない……。明日も、いい一日になりますように……」
祈りながら目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。
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