1-5 不吉な予兆(1/2)

 翌朝、窓から入る明るい日差しに目を覚ましたオフィーリアは、服を積み重ねた棚の前で腕組みをして考え込んでいた。昨日、オクサリスが街から運んでくれたバッグの中身を出して積んでおいたのだが、オクサリスが用意してくれたエルフの服に比べると、あまりに貧相でボロボロなのが気になっている。

 元々は、領主から受け取ったお金を貯めて買った、それなりにいいものではあったが、長く着続けているので生地もすり切れ、色褪せている。朝食を食べるとしても、あの豪華な食堂の調度品や、美しい食器、そして美味しい料理に全くそぐわない。

 それに比べると、オクサリスが用意してくれた服はどれも、簡素なデザインではあるが、しっとりと柔らかい布で上品に作られていて、当然だが部屋の雰囲気にもマッチしている。

「自分の服で行ったら、かえって失礼に当たるかもしれない……」

 肌着のまま腕を組んで悩んでいると、静かにドアを叩く音に続いて、オクサリスの声がした。

「オフィーリア様。朝食の準備ができました」

「はい。すぐに行きます」

 オフィーリアは、昨日用意してくれた部屋着に着替え、食堂に向かった。


 食堂に入るとフェルンがいるだけで、ウィローは、まだ来ていなかった。

「おはようございます」

「おはようございます。オフィーリア様」

 フェルンは、オフィーリアの顔を見るとティーポッドに熱いお湯を注ぎ始めた。だがオフィーリアにしてみると、家の主人より先に席についてしまうのも、はばかられる。立ったまま、壁に飾られた絵を眺めて待つことにした。

「おはよー! オフィーリア」

 元気な声と同時に、後ろからぎゅっと抱きしめられて、オフィーリアはびくっと体を縮めた。

「昨日の夜はありがと。オフィーリアがあんまり気持ちよくしてくれるから、気をうしなっちゃったよ」

 首元にひんやりとしたあごがふれ、耳元でエルフ特有の甘い声でささやかれたので、あわてて抱きしめている手を押しのけた。

「ご、誤解を招くような言い方は、やめて下さい」

「えー。ほんとのことなんだけどなあ。オフィーリアの歌を聴いてると、体の奥からどんどん気持ちよくなってくるんだよ」

「さあ、ウィロー様、オフィーリア様。お茶が入りましたので、席についていただけますか」

 フェルンの冷静な声に、ウィローはしぶしぶ席についた。


「今日は、北門の外の田園地帯に行ってみない?」

「田園地帯、ですか?」

 パンを手に持ったまま、瞳をキラキラさせて提案してくるウィローを眩しく感じながら、オフィーリアは隊商キャラバンと同行して歩いてきた街道沿いの麦畑を思い出していた。

「そう。北門の外は、麦や野菜の畑や果樹園がずっと広がっていて、今日みたいに天気のいい日にピクニックすると気持ちいいんだよ」

「ご一緒いたします」

「よーし。フェルン、ピクニックバスケットで持って行けるように、昼食を用意して」

「かしこまりました」

 フェルンは、すぐに返事をしたが、少し考えるように間を置いてから続けた。

「オクサリスも同行させましょうか。バスケットを運ぶ必要もありますし」

「いや、いいよ。バスケットなら私が持って行けばいいし。狩の道具も持っていくから大丈夫」

「承知しました」

 ウィローは、オフィーリアの着ている部屋着を見ながら、少し首をかしげた。

「今日は、草原や森の中も歩くから、昨日着ていた外出着でもいいけど、もっと動きやすい服の方がいいかもね」

「はい」

 それなら、自分の服でいいか。オフィーリアは、少しほっとした。


 朝食の後、旅の間ずっと着ていた革のベストに、丈夫な綿のズボン、革長靴ブーツに着替えて館の正面玄関に行くと、ウィローが先にいて、弓に弦を張っていた。服装は昨日とは違い、ウエストから胸元まで、太い糸でぎっしり刺繍がほどこされ、肩当てや膝当てまで付いた狩衣を着ている。

「お待たせしました」

「おおっ。オフィーリアもかっこいい服持ってるじゃない。貸してあげてるエルフのふんわりした服もいいけど、そういう格好も似合うね」

「あ、ありがとうございます。旅をしている間は、ずっとこの格好でしたので」

 ウィローは矢箱と弓を背中に背負い、フェルンからピクニックバスケットを受け取ると、にこりと笑って手を振った。

「行ってきます!」

「お気をつけて」

 ウィローとオフィーリアは、並んで市街地につながる坂道を降りて行った。


 市街地の大通りを昨日とは反対の方向に進み、北門から外に出て濠にかかった橋を渡ると、のどかな田園風景が広がっていた。つい一昨日、エステュワリエンに到着した時は、緊張してよく見ていなかったが、一面の麦畑の中に、ところどころ果樹が生い茂っている場所があり、その横には家も建っているのが見えた。

「このあたりの農家は、普段は野菜や果物を作ってて、収穫すると市街地の市場で売っているんだ。昨日買ったあの店もそう」

「河の民も、このあたりの農家も、エステュワリエンに依存して暮らしているんですね」

 ウィローは、あごに手を当てて、うーんと首をひねった。

「そうとも言えるけど、逆に、エステュワリエンが河の民と農家に依存しているとも言えるんじゃないかな。城門の中では食べ物は作れないから、もし両方ともいなくなったら、市民は飢え死にしてしまうよ」

「そうですね」

「あ、でも一応、市が備蓄倉庫を持っていて、一ヶ月くらいは城門を閉じていても大丈夫なようになっているけどね。うちの貯蔵庫にも、三人が二ヶ月は暮らせる食糧が保管してあるよ。オフィーリアが増えたから、今日あたり、きっとフェルンが買い足してると思う」

「え、そんなに?」

「昔、この都市と港を手に入れようと、オーステ・リジク王国が攻めてきたことがあってね。その時は、城門を閉じて一ヶ月籠城しても、びくともしなかったんだよ。逆に、貿易船を改造した軍艦を急ごしらえで建造して、大河を渡って王国の本土に攻めて行ったら、あわてて引き返して行ったからね」

「すごいですね」

 ウィローは、誇らしげに北門を見上げた。

「そうやって、自由都市エステュワリエンを守ってきたんだ」


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