2-1 遠い知らせ(2/2)
翌日は、ウィローの言った通り雨が上がったので、オフィーリア、ウィロー、オクサリスの三人で市街に降りてきた。
オクサリスは先に、河の民の村にまわって、大河の上流に向かう船を手配しに行き、ウィローに連れられたオフィーリアは、道具や宝飾品を商う店が集まった通りにやってきた。店々の飾り窓には、珍しい品がいくつも並べられていて、街に着いた時に隊商の隊長に言われた「金銀財宝の細工物が街にあふれているんだ」という言葉を思い出す。
「船の上では食事を出してもらえるけど、山の中を歩いていく間は、自炊しながら野宿になるんだ。不便をかけることになるけど、ごめんね」
「大丈夫です。野宿しながらの旅は慣れていますから」
「持ち運びが軽くて丈夫な、二人用の鍋と食器がいるよね。あと、オフィーリアの着替えと身の回りの品物を入れる小型の背負袋と。それから、何が必要かな」
ウィローは、旅の支度品を買い回るのが、楽しくて仕方ないようだった。
実用的な道具を売る店で必要なものを買い揃えた後、金細工を売る店の前を通りかかったウィローは、飾り窓を見て立ち止まった。
「ねえ、この首飾りかわいくない?」
飾り窓には、細い鎖につながった首飾りが二つ、日の光に当たって輝いていた。エルフ銀の台座の上に、金細工で帆船と二つの丘の模様があしらってある。
「この模様は?」
「海から見たエステュワリエンだよ。市の紋章として使われてるんだ。これかわいいけど、一つ百ムントかあ。結構するなあ」
「あの……」
オフィーリアは、懐の中に入れた革の袋を握りしめながら、遠慮がちに言った。
「この首飾り、お気に召したのですか?」
「え、うん。オフィーリアにかけたら似合うかなって。いつも宝飾品は、何も付けてないでしょ」
「あの、もし手元にあったらウィロー様も、使いますか?」
「そうだなあ。エステュワリエンを描いた宝飾品って持ってないから、あったら使うかも」
「ちょっと待ってて下さい」
「え?」
百ムントが二つなら、今月の契約金一千ムントで買える。塾を開く資金として貯金もしておきたいが、生活費が全くかかっていないから、少しくらい使ってもいいだろう。オフィーリアは、金貨を入れた革袋を握りしめて店の中に入って行き、しばらくして出てくると、二つの小さな木箱のうち一つをウィローの手に乗せた。
「はい。ウィロー様に差し上げます。もう一つは、私が使います」
ウィローは、木箱を見ながらあっけに取られてぽかんと口を開けている。
「え、え、オフィーリアから、私にくれるの?」
「……はい。専属契約していただいたお礼です」
ウィローは、オフィーリアをそっと抱き寄せて、背中と髪を柔らかく押さえた。
「すっごく嬉しい。二人で一緒の首飾りを持ってるなんて最高じゃない。しかも、二人が出会ったエステュワリエン市の紋章って、もう、もう、ずっと大切にする!」
いつものように、きつく抱きしめられて窒息しそうな状態ではなく、手加減して、そっと抱きよせられていると、オフィーリアは不思議な感覚になってきた。
「ウィロー様! やっと見つけた! 船の手配できましたよ。明日の朝一番の船で、夜明けに出航です」
オクサリスの元気な声が聞こえると、ウィローはそっと手を離した。
「どうしたんですか? またオフィーリア様が、倒れちゃいました?」
「違う違う。オフィーリアが素敵な贈り物をくれたから、ありがとうって言ってたの」
ウィローは、木箱を開けて首飾りをオクサリスに見せた。
「へえ! エステュワリエン市の紋章ですか。見事な金細工ですね。これは腕のいいドワーフ職人の仕事だ」
「いいでしょ」
衝動的に買って渡してしまったが、あらためて落ち着いてくると、オフィーリアは少し恥ずかしくなってきた。
「あの、こんなものを差し上げて、失礼じゃありませんでしたでしょうか」
「なんで? すごく嬉しいよ。そうだ! おまじないしておこう。オフィーリアの方も貸して」
ウィローは、二つの首飾りを自分の左手の上に置き、その上にオフィーリアの右手を乗せて、さらに自分の右手を重ねてから、目を閉じて祈祷文を唱えた。
「
祈祷文を唱え終わると、一つをオフィーリアの首にかけ、もう一つを自分の首にかけてから、にこりと微笑んだ。
「これでよし!」
その様子を見ていたオクサリスは、楽しそうに話しかけてきた。
「ウィロー様。久しぶりの旅に出るなら、今晩は送別会のご馳走ですね」
「そうだね。材料を買っていく?」
「ご心配なく! もう用意してあります」
オクサリスは、満面の笑みを浮かべて手に持っている大きな袋を持ち上げた。
「河の民の村で、極上の祝い魚を買ってきましたから。ウィロー様が故郷に戻られるのを祝って盛大な宴にしましょう」
「お祝いって、会議があるから帰るだけだよ?」
ウィローは、首をかしげた。
「いえいえ。わざわざお館様からのお呼び出しということは、きっとウィロー様の功績が認められて、栄誉の
「そんないいものじゃないと思うけどなあ。ま、ご馳走が食べられるのは嬉しいけど」
ウィローは、横に立っているオフィーリアに声をかけた。
「オフィーリアは、他に買う物はない?」
「はい。大丈夫です」
「そう。じゃ、館に帰ろうか。旅支度をしないとね」
ウィローとオクサリスは歩きながら、祝い魚の調理法をめぐって、蒸すのがいい、いや焼くのが一番とお互いに譲らず、どれほど自分の調理法がおいしいか言い合いを続けている。オフィーリアは、それを聞きながら、どちらの調理法も食べてみたいなと思っていた。
エステュワリエンの街は、いつもと変わらず大勢の人々で賑やかだった。
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