2-2 旅立ち(1/2)
「それじゃ、出発するね」
東の空が次第に赤くなり、夜が明け始めた頃、ウィローとオフィーリアは荷物を背負って館の玄関に出た。ウィローは、バッグの他に大きな弓と矢箱も背負っている。オークに出くわした時に持っていた、狩のための弓よりずっと長く、握りの太さも倍以上ありそうだった。
「フェルン、オクサリス。留守番よろしくね。まあ、一ヶ月くらいですぐ帰ってくるけど」
「かしこまりました」
「オフィーリア様。お預かりした荷物は、部屋に鍵をかけて保管しておきます。しっかりお守りしますので、どうかご安心を」
「ありがとう、オクサリス。でも鍵は開けておいても大丈夫よ。大した物は入ってないから」
オフィーリアの荷物のうち、着替え以外の物は全てバッグに入れて館に残しておくことにした。これまでの一人旅で使ってきた鍋や野営用の敷布、音楽学校の教則本や楽譜などが入っているが、野営道具は、昨日道具街で軽くて使いやすい二人用のものを新たに買ってきたし、楽譜も持って歩く必要はない。長旅で持って歩くよりも、むしろ館に置いてある方が汚れなくて安全だろう。
いつものように首から下げた身分証と、昨日ウィローと揃いで買った首飾りがあれば十分だった。その代わり、陸路を歩く間の食料として、乾燥した果実やキノコ、塩漬けして干した肉、堅く焼いたパンなどをたくさん背負っていた。
「じゃ、行ってきます」
「どうぞお気をつけて」
二人に見送られて、市街に下りる坂道を歩き始めた。
街につながる坂道の終点に差し掛かると、背が低く、長いひげを編み込んだドワーフが、厳つい表情で立っていた。
「ハルスケッテ! わざわざ見送りに来てくれたの?」
ウィローは、少しかがんでハルスケッテの手を取った。
「ああ。ウィローは友達。旅に出る時、見送るのは当然」
「ありがとう。エルフの郷の珍しい鉱石を、お土産に持って帰ってくるね」
「それは楽しみだ。フェルセンバントのこと、役に立てず済まなかった」
ウィローは首を振った。
「そんなことないよ。元々、あの頑固ジジイに、人間との同盟を求めるのが無理な話だったんだからさ」
「エルフと人間が組み、鉱山を乗っ取るつもりかと言われた。そんなことはしないと説明したが、疑り深いドワーフ、なかなかエルフを信用しない。済まなかった」
「大丈夫。鉱山の守りを固めてくれるだけでも、十分助けになるから」
ウィローは立ち上がった。
「船が出るまで、あんまり時間がないんだ。ごめんね。途中まで一緒に行く?」
「いや、東門には近づかない。河の民は、我らを憎んでいる。刺激しない方がいい」
「そうか。そうだね。じゃあ、ここで」
ハルスケッテは、右膝をついてかがみ、右手の握り拳を地面に置くと頭を下げて何かつぶやき始めた。おそらくドワーフ語なのだろう、オフィーリアにはわからない言葉だった。ただ、意味はわからなくとも、その姿から、自分たちの旅の安全を祈っているのだろうということは想像できた。
「大地の神に、歩く道の守護を頼んだ。二人共、大地を踏み締めている限り安全」
「ありがとう」
「船の上はわからない。ドワーフの大地の神は、大河には力及ばない」
「大丈夫! 水の上は、水のエルフの私の方が得意だから」
「その通りだ。気をつけて」
ウィローとオフィーリアは、手を振りながら東門へ続く道を歩き始めた。
東門を出ると、大河の向こうの山の上に陽が上り始めていた。まっすぐ桟橋に向かうと、モエドテルグが、河船をつなぐもやい綱の横で数人の河の民と話している。
「モエドテルグ! お待たせ!」
「夜明けの時刻ちょうどだな。オフィーリア殿に紹介しよう。この男が、船長のカルムテルグだ。ウィローはもう知ってるな」
真っ黒に日焼けした背の高い男が、黙ったままうなずいた。
「カルムテルグは、モエドテルグの弟なんだよ。こちらは、同行する音曲士のオフィーリア。」
「よろしくお願いします」
オフィーリアが頭を下げる。
「カルムテルグは、二十年、船に乗っていて大河のことは知り尽くしている。腕は確かだから、安心して任せてくれ」
「うん。モエドテルグが手配してくれる船だもん。なんにも心配してないよ」
「船旅の間の食事も、エルフの舌に合わせて高級な食材を積んでおいたからな」
「……そんな贅沢なものばっかり食べてないよ。河の民の村で売ってる普通の魚を焼いて、ライムを絞ったのが、一番のご馳走なんだけど」
モエドテルグは、ニヤっと笑った。
「我々が用意できる高級な食材は、『普通の魚を焼いたの』ぐらいのものだけどな」
ウィローは首をすくめて苦笑いした。
「海からの南風が出てきた。そろそろ出航しなきゃなんねえ時間だ。乗ってくれ」
そう言いながら、カルムテルグが船に乗り込んだので、ウィローとオフィーリアも後に続く。先に船の中にいた三人の水夫が帆柱の綱を引いて帆を全開にし、桟橋につないだ綱をほどくと、たちまち風を受けて帆は一杯に膨らみ、河船はゆっくりと岸を離れた。
河岸にぎっしりと木造の家が並ぶ上に、そそり立つ東の丘の断崖。その上に、朝日を浴びて輝いているウィローの館の風景は、まるで一枚の絵のような美しい風景だった。
「きれいですね」
「だよね。エステュワリエンは港の街だけど、大河の側から見た風景も好きなんだよね」
二人が乗った河船は、なめらかに大河をさかのぼり、上流の町シュトルームプラーツに到着したのは、出航してから五日目だった。
船旅の間も、船長が出してくれる塩漬けや酢漬けの魚の夕食の後、夜寝る前にオフィーリアが一曲歌い、ウィローはそれを聴きながら、うっとりして眠りにつく習慣はそのままであった。館と違うのは、小さな河船なので、ウィローとオフィーリアは同じ船室の狭いベッドで並んで横になり、ウィローの幸せそうな寝顔を見ながら、オフィーリアも眠りについていたことくらいである。
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