4-7 祝典(3/3)
「え……」
フェルセンバントの予定外の発言に、ボルゲリング市長はオドオドと目を泳がせて、舞台下にいる役人を見る。役人も慌てた様子で、手元の紙を見たり、横にいる別な役人に何か聞いている。
そんな様子にはお構いなく、フェルセンバントは大声で続けた。
「わしは、千年の時を経た自由都市同盟の復活を宣言し、ドワーフ、エルフ、人間の代表と誓いの盃を交わした。その誓いに従い、ドワーフの精鋭二千名を連れて汚らわしいオークどもを退治したまで。貴様達に忠誠など誓っておらんわ!」
フェルセンバントは、前にいるゼルファをにらみながら、続けた。
「貴様は、戦いの間、どこで何をしておった? のうのうと逃げ隠れしておった者から施しを受けるほど、このフェルセンバントは落ちぶれてはおらん!」
大勢の市民の前で、公然と侮辱されたゼルファは、怒りのあまり真っ赤な顔になっているが、何も言い返さない。
「エステュワリエンの市民が、我らの自由と尊厳を守るために戦い、傷つき、命を落とした多くの仲間を永遠に語り継ぐために、そのメダルを分かち合おうと言うのであれば、わしは喜んで受け取ろう。ただし」
フェルセンバントは、ゆっくりとオフィーリアの方に近づいてきて、背中に手を置いて叫んだ。
「それを受け取るのは、自由都市同盟の誓いの杯を交わし、共に戦った
オフィーリアは、戸惑って隣のウィローの顔を見たが、ウィローはニヤニヤ笑いながら、ボルゲリング市長を手招きしている。市長が、舞台下の役人と舞台の上で真っ赤になっているゼルファの顔を見比べながら、恐る恐る近づいてくると、ウィローも前に進んで、フェルセンバントに背中を向けて話し始めた。
「あのさー。この頑固ジジイは、一度言い出したら聞かないからさ。もう、オフィーリアにまとめて渡して、オフィーリアからみんなに配らせたら?」
「そ、そんなことをしたら、収拾が付かなくなってしまうのでは?」
ウィローの提案に、ボルゲリング市長はゼルファの方をチラッと振り返りながら問い返した。
「頑固ジジイがわめきだしたところから、もう収拾は付かなくなってるよ。いいじゃない。市としてはオフィーリアを代表にして全員に勲章を授与したことにして、オフィーリアが他のみんなに配るだけなら問題ないでしょ。頑固ジジイは、オフィーリアから受け取れば気が済むだろうし」
「わ、わかりました。侍従からオフィーリア殿にまとめて渡します」
市長に呼ばれた侍従が、勲章のメダルを並べた箱を持ったままオフィーリアの前にやって来て、うやうやしく捧げた。オフィーリアは、両手で箱を受け取ってはみたものの、これをどうしたら良いか見当もつかない。困り果ててウィローの顔を見ると、ウィローは横から手を出して箱ごと取り、自分の胸元に掲げた。
「これを持っててあげるからさ、オフィーリアは勲章を一つづつ取って、みんなの首にかけてあげなよ」
オフィーリアは黙ってうなずき、一つひとつメダルを取り上げて、フェルセンバント、モエドテルグ、グートルーエン、フスパンネン少将、東門と北門の守備隊長の順番に首から掛けていき、最後は箱を持っているウィローの首にかけた。箱の上に最後に残った一つは、自分で手に取り終わりとなった。
広場を埋め尽くし、その様子を見守る観衆からは、「オフィーリア様、万歳!」という声がずっと繰り返し沸き起こり続けていた。ボルゲリング市長とゼルファは、何度も響く万歳の声の前に、ただ立ち尽くしているばかりだった。
市の思惑とは全く異なる形にはなったが、勲章授与式が一応は晴れやかに終わり、オフィーリアとウィローが舞台の裏手に下りて、オクサリスやフェルンと合流したところに、フスパンネン少将が近づいて来た。
「ウィロー閣下。先ほど、閣下の伝令鷹が戻って来ました。手紙のリングを付けていますので、海軍本部までおいでいただけますか」
「ありがとう。水の桃源郷のお祖父様からの返信かな? じゃあ、フェルン達は三人で先に館に帰ってて。手紙を受け取ったら、すぐに追いかけて帰るから」
「かしこまりました」
慇懃に頭を下げたフェルンの後ろについて、オフィーリアは舞台の裏手から大通りにつながる通路を歩き始めた。
広場の外の大通りでは、まだ大勢の群衆が待っていて、出てきた三人を見ると一斉に頭を下げた。中には、花束を持ってオフィーリアに近づいてくる女の子もいるが、このあたりには警備の兵士も少なくなっているので、すぐ側まで来ることができる。オフィーリアは、戸惑いながら花束を受け取ったが、お礼の言葉を言うこともできないので、黙って頭をなでた。するとその子は、立ち尽くしたまま大きく目を見開いて、涙をこぼし始めてしまった。
驚いて、そっと頭を抱き寄せると、その子の母親と思われる女性が飛び出してきて、横にひざまづいて両手を合わせ、頭を下げた。
「もったいない。もったいない。守護聖人オフィーリア様に触れていただけるなんて。身に余る光栄です」
オフィーリアは、ひざまづいたりしないでと言いたかったが、声を出せないので、とりあえず女の子を母親の元に戻した。すると母娘の横にすっかり痩せてしまった『歌姫のいる店』の主人が立ち、呆然した様子でつぶやいた。
「なんてこった……。あの時の歌手が、守護聖人だったなんて……」
オフィーリアは、「この子は娘さんですか」という意思をこめて、主人と娘の顔を見比べた。意図がわかった主人は、うなずいて答える。
「ああ。うちの一人娘だ」
にこりと微笑んだオフィーリアは、髪に挿していた枝を抜き、女の子の髪に挿した。大切なものを守ってくれる木なら、この子も、宿屋も守ってくれるに違いない。お腹を空かせてエステュワリエンにたどり着いた時に、パンをくれて、ウィローと出会うきっかけになる舞台に上げてくれた恩を返すには、ささやか過ぎるけれど。
ひれ伏さんばかりになって、「ありがたい、ありがたい」と繰り返している母親と、呆然としている女の子を残し、オフィーリアは、少し先で待っているオクサリスとフェルンを追いかけた。
後の世に語り伝えられたところによると、武器を手にせず、たった一本の矢も放たず、ただ歌の力によって幾万の敵の戦意をくじき撃退したオフィーリア・リカレストは、エステュワリエンを守った「音曲の守護聖人」と呼ばれるようになった。戦勝を記念した式典では、北門、東門、南の港、西の鉱山の四方を守った勇者達に、聖なるメダルを渡し祝福を与えたとされる。
これが、世に言う『聖オフィーリアの四方守護の祝福』である。
また『歌姫のいる店』は、守護聖人の恩寵を受けた宿として大いに賑わい、オフィーリアがエステュワリエンで初めて音曲を歌った酒場の舞台は、手ずから渡された聖なる枝を飾る聖地として、巡礼の対象となった。宿の二代目の女主人は、生涯、聖オフィーリアに出会った時の感動を、巡礼者に対して語り続けたという。
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