4-7 祝典(2/3)
北門につながる大通りに出ると、沿道にはぎっしりと市民が詰めかけて待ち構えていた。道端に立つ群集からも建物の窓からも「オフィーリア様!」という大歓声が沸き起こり、馬車に近づこうとする市民と、沿道に並んでそれを止める兵士との間で、押し合いになっている。
「オフィーリア、すごい人気だね」
ウィローが、満面の笑顔で沿道に向かって手を振りながら、歓声に負けないように大声で呼びかけてきたが、オフィーリアは、恐縮して背中を丸めた。こんな大勢に名前を呼びかけられるのは、生まれて初めてだった。
「ダメだよ、堂々として胸を張ってないと。今日の式典の主人公なんだから」
ウィローが肩を抱くように手を回してきて、ぐいっと背中を伸ばされ、さらに顔を近づけて頬と頬をくっつけられる。思わず息が止まり、心臓の鼓動が激しくなってくるが、ウィローは平気な顔で沿道に向かって手を振り続けていた。
それを見た観衆の間からは、キャーッという甲高い歓声が上がり、兵士も押さえきれないほどの熱狂ぶりになっていた。
大通りから市庁舎の前を通る道に入り、さらに角を曲がって市民市場だった広場に近づくと、広場全体を市民が埋め尽くしているのが見えた。馬車は、広場の中央に設けられた道をゆっくりと進み、今日の式典用に臨時に作られた大きな舞台の前で停まった。
馬車の横に、儀礼用の飾りと剣を付けた海軍の士官二人が近づくと、御者が扉を開けた。馬車から下りるウィローとオフィーリアのそれぞれに、一人ずつ士官が手を差し伸べて馬車から下りるのを支え、そのまま舞台に上がる階段も、手を取ったまま上がっていく。階段を上り始めると、広場全体から拍手が湧き起こった。
舞台の奥には、儀礼用の市民服を着た二人の人物が、こちらを向いて立っていた。一人は大きく腹が膨らんだ恰幅の良い堂々とした男で、もう一人は、自信なさげにオドオドしている痩せた男。舞台の後ろには観覧席が用意されており、市の重鎮と思われる人々が列席していた。舞台の手前側には、河の民のモエドテルグとグートルーエン、ドワーフのフェルセンバント、それにフスパンネン少将始めとする士官が並んで立っている。ウィローとオフィーリアの二人が、その列に加わると、士官は手を離して舞台下に下がった。
「あいつ、戻って来たんだ」
ウィローが舌打ちしながらつぶやくのを聞いて、オフィーリアはウィローの手をつついた。ウィローは、オフィーリアの耳元に口を寄せて、拍手と歓声に負けないような大声で説明した。
「あの太った方が、商業ギルドの統領のゼルファ。戦争が始まったら、勝手に傭兵を連れてどっかに逃げて行ったのに、終わったら戻って来たんだ。痩せてる方が、市長のボルゲリング」
黙ってうなずいていると、黒い髪を頭の上で結い、袖なしの黒い紗羅の服を着たモエドテルグが近づいて来た。
「ウィロー。無事で良かった」
「モエドテルグ! 来てくれたんだね。本当にありがとう! でも、どうして港で海賊船と戦いになっているってわかったの?」
少し後ろに立っているグートルーエンが、胸を張りながら口をはさんだ。
「あんたの相棒が、海軍が海賊相手に手こずっているから助けてくれって、あの変ちくりんな鷹で手紙をよこして来たからよ。いつも威張ってる海軍の鼻を明かすいい機会だから、ちょいと河の民を率いて退治しに来てやっただけだ。なあに、礼には及ばん。どうしてもと言うなら、四千ムントくらいなら受け取ってやらんことも無いがな」
「オフィーリアが手紙を?!」
驚いて振り向いたウィローに、オフィーリアは小さくうなずいた。
「おい。誰が河の民を率いて来たって?」
モエドテルグが腕を組んだままにらみつけると、グートルーエンは首をすくめた。
「まあ、細けえことはいいじゃねえか。岬を回って港に入る航路をみんなに教えたのも、モリに重しをつけて沈めるチョウザメ漁のやり方で攻めようって提案したのも俺だし。賞金は山分けにしようぜ」
モエドテルグは、厳しい表情を変えないままウィローに向かって呼びかけた。
「我々、河の民はカネのために来たわけではない。エステュワリエン市に何かを期待しているわけでもない」
ウィローは黙ってうなずいた。
「ただ、大河の水と河の民を救ってくれた恩人に、受けた恩義を返しに来ただけだ」
「本当にありがとう。返してもらったものの方が、大きすぎるよ」
ウィローが答えると、モエドテルグは初めて表情をゆるめた。
ボルゲリング市長は観衆に向かって手をあげて、拍手を止めるようにうながした。会場が静かになると、市長は大きな声で演説を始めた。
「これで、全ての英雄がそろいました。今回の戦争は、エステュワリエン市の歴史上、かつてない規模の敵と向き合い、まさに市の存亡をかけたものでした。その敵を打ち破り、市民の自由と安全を守り抜くことができたのは、エステュワリエンの海軍と城門守備隊の獅子奮迅の戦いに加えて、ここにお集まりいただいた勇気ある人々の戦いがあったからです。エステュワリエン市への忠誠と貢献を認め、ここに自由市民勲章を授与したいと思います」
また会場全体から、盛大な拍手とどよめきが沸き起こる。ウィローは、オフィーリアの耳元に口を寄せて説明した。
「自由市民勲章ってのは、エステュワリエン市が出す中で一番上の勲章のこと。オーステ・リジク王国との戦争の時に、海軍の指揮官に贈られて以来、もらった人はいないんじゃないかな」
ボルゲリング市長が後ろに目配せをすると、ゼルファが、大きな腹を揺らしながら前に出た。横には、勲章を乗せているらしい平たい箱を持った侍従がついている。
「勲章の授与は、エステュワリエン市を代表して、市議会議長であり商業ギルド統領のゼルファ氏より行います。まずは、ドワーフのフェルセンバント殿」
ボルゲリング市長が呼びかけたが、壇上のフェルセンバントは腕を組んだまま動かない。
「フェルセンバント殿。前に出ていただけますか?」
「気に食わんな!」
フェルセンバントは、広場中に響き渡るような大声で答えた。
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