4-7 祝典(1/3)
東の丘の上のウィローの館の庭は、朝日を受けて明るく輝いていた。庭に並べた椅子に座るオフィーリアの髪を、フェルンが手際よく結っていく。隣にはウィローが並んで座り、オクサリスが結っていた。
「ねえ、まだ? いつもみたいに、後ろでしばっておけばいいんじゃない?」
うんざりした様子のウィローの声に、まっすぐでサラサラの金髪を複雑な編み方でまとめようと悪戦苦闘しているオクサリスは、手を止めて答えた。
「ダメです。今日はエステュワリエン市主催の叙勲式典なんですから。大勢の市民の前に立っても恥ずかしくないように、エルフの伝統的な祝典用の編み込みにします」
「ずうっとこの姿勢で座ってるから、肩こって来ちゃったよ」
ウィローは、ふうむっと声を出しながら、両手を上げて伸びをした。編み込んだ髪を押さえているオクサリスの指に、伸ばした手が当たり、まだ結んでいない部分が外れてほどけてしまう。
「あー! せっかくここまで編んだのにー! 半分ほどけちゃったじゃないですか! またやり直しですよ……」
「えー、もう勘弁してよう」
大騒ぎしている二人に比べると、オフィーリアの方は順調に仕上がったようで、庭に生えている木の若葉が付いた細い枝を、編み上げた髪の横に挿すと、フェルンは静かに言った。
「できました」
オフィーリアは、黙ったまま髪に挿された若葉にそっと触れてフェルンの顔を見る。フェルンは、櫛や整髪油のびんを袋にしまいながら答えた。
「この木は、大切なものを守る神聖な力があると言われています。契約の神聖紙も、この木の葉の繊維を編み込んで作られます。その枝を髪に挿すことで、人々を守る力を持つ人であることの象徴になります」
「……」
オフィーリアは、黙ったまま微笑んでうなずいた。
「立っていただけますか? 全身の出来上がりを確認しますので」
そう言われて立ち上がると、フェルンは一歩離れて、頭の上から足元まで何度も見てから、長衣を腰で留めているベルトの位置を調整し、満足そうにうなずいた。
今日は、フェルンがどこかから調達してきた真っ白な布を両肩からかけて、腰の革ベルトでゆるく留めた、伝統的なエルフの長衣を着ている。プリントン・ウーデ音楽院にいた時も、特別な行事に参加する時だけ着ていたものだった。
隣の椅子に座っているウィローが、顔だけこちらに向けて、うっとりとした声でつぶやいた。
「……素敵」
「ウィロー様! 横向かないで下さい。編めないじゃないですか!」
オクサリスに頬を押さえられて、ぐいっと前向きにされたウィローは、口をとがらせた。
「オフィーリアの晴れ姿を見たいのにー! 早く終わらせてよ!」
「ウィロー様がじっとしてないからです! おとなしくしててくれれば、とっくに終わってます!」
オクサリスが再びウィローの髪と格闘し始める様子を見て、オフィーリアは微笑みながら思った。
またこの四人で、楽しく暮らせる日が戻ってきたなんて、信じられないほどの幸せ。たとえ、ウィロー様のために音曲を歌えなくなってしまったとしても。
伝令室で大角笛から歌っていた時は、できるだけ長くオーク達の動きを封じて、ウィロー様が脱出する時間を稼ぐために必死だった。そのために、喉に負担がかかる一人和音で限界を超えて歌い続けたので、喉が潰れて声が出なくなってしまった。
戦争が終わるとすぐに、エステュワリエンで一番の名医と謳われる医師に診てもらったが、すぐに治すことはできないと言われた。ただ、喉にいいとされる薬草を朝晩に煎じて飲むことと、しばらくは声を出さないようにして、喉を休めるようにと言われたので、それを守っている。日常生活は、フェルンとオクサリスが面倒を見てくれるので何も不自由はないが、ウィロー様に毎晩音曲を歌うお勤めができなくなってしまったのが、本当に申し訳なかった。筆談で、契約金はお返しするとウィロー様に伝えたが、そんなことは気にしないでいいと言われて、そのままになっている。
ようやくウィローの髪も編み上げられて、貯蔵庫の扉の鍵を閉めると、四人揃って街に下りる坂道を歩き始めた。オフィーリアの横には、ウィローがぴったりと寄り添っている。
「坂の下まで着いたら、お迎えが来てるって。そこから車に乗って、市庁舎と大通りを通ってから叙勲会場の市民市場に入る手筈になってるって、市役所の人に言われた」
黙ってうなずくとオフィーリアは、ウィローの固く握った拳の上からそっと手を重ねて微笑んだ。
街につながる坂道の終点に差し掛かると、金やエルフ銀の豪華な彫刻で飾られた二頭立ての馬車が停まっていた。御者の席以外に二人掛けの座席が備えられているが、屋根は無く、道行く人からは、誰が乗っているのか丸見えになる。明らかに、実用性よりは公衆に見せることを目的にした儀礼用の馬車だった。馬車の前後には、正装した四人の兵士が、それぞれ馬に乗って姿勢を正して待っている。
「まったく……。随分派手なお迎えが来たなー。商業ギルドの連中の、こういう悪趣味なところは合わないんだよね」
ウィローが、ぶつぶつ呟きながら近づくと、騎馬の兵士のうち一人が馬から下りて、敬礼した。
「ウィロー閣下、ならびにオフィーリア殿。お迎えに参上しました」
「ありがとう。でも、これだと四人は乗れないかな?」
兵士は、敬礼したまま顔色も変えずに答える。
「ウィロー閣下とオフィーリア殿の二名を、馬車でお迎えするようにとの命令でしたので」
フェルンが横から口を出した。
「ウィロー様。私達は歩いて行きますので大丈夫です。このような晴れがましい物に乗るのは、召使にはそぐいませんから」
「うーん。ごめんね。じゃあ、先に歩いて行ってて」
「かしこまりました」
馬車の横に立つ御者が開いてくれた扉から、ウィローにうながされるまま先に乗り込む。後からウィローが乗り込んで扉を閉めると、フェルンとオクサリスの二人に見送られながら、馬車と騎馬兵士の隊列は出発した。
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