4-6 希望の歌声(1/3)
門の外に下りたウィローは、そのまま濠に向かって走り出した。濠の近くから楼閣の上に向かって矢を放っていたオーク達も、地面を走ってくる影に気付くと、矢の向きを変えて、水平に狙いを付ける。
ウィローは持って来た革袋の水を前に投げながら、右手の手のひらを突き出して鋭い声を投げつけた。
「メジケ・アクア・サジッタ!」
空中に投げられた水は、無数に分かれて鋭い針のように細くなり、目にも止まらない速さで真っ直ぐ前に飛んで行く。ウィローの正面で弓を構えていたオーク達は、水の針に刺し貫かれて後ろに吹き飛んだ。
怯んだ残りのオーク達の頭の上を一回転しながら飛び越して、濠の中に頭から飛び込んだが、水から顔を出したウィローは、あまりの悪臭に顔をしかめた。
「うわっ! きったない水! 腐ってるな。戦争が終わったら、一度水を抜いて掃除しなきゃ」
立ち泳ぎをしながら水面に手を置き、詠唱した。
「
たちまち水面から、竜巻のように水の渦が巻き起こり、夜空に向かって高く伸びて行く。目一杯上がったところで、水の柱は弧を描いて下向きに変わり、滝のように一気に落ちて来た。
投石器の一台は、今にも発射しようと水平まで腕を引き、火薬玉に火をつけていたが、上から大量の水が降り注いで来たので、火薬玉も松明もずぶ濡れになって火が消える。さらに落ちてくる水の衝撃に耐えられず、腕を台車に繋いでいる軸棒が折れて、綱を放しても動かなくなった。隣の二台目も、同じように火が消え、火薬玉を乗せるカゴが砕ける。
「よーし。まずは二台片付けた。後のやつも順番に片付けてこう」
濠の中から水が噴き上がって、投石器を破壊したのを見て、濠の縁に大勢のオークが集まって松明をかざし、一斉に矢を射かけ始めた。ウィローが両手を上げると、体の周りに薄い水の壁が立ち上がって囲みを作る。飛んで来た矢は、水の壁に当たると勢いを無くし、水面にパタパタと落ちた。
矢を射る者とは別に、大きな三日月形の刀を手にしたオークが、次々と小さな
「あー、うっとうしいな、もう」
両手を下ろすと水の壁は消えたが、同時にウィローの周りの水が大きくうねり始める。勢いよく前方に手を伸ばしながら叫んだ。
「メジケ・アクア・トリメンテ!」
前方から近づいて来たオークの筏は、大波を受けてバラバラに砕け散り、上に乗っていたオークは沈んでいったが、その後も続々と筏と共に飛び込んで来るオークの群れは途切れなかった。
北門の上の楼閣で、オフィーリアは、弓を持つ兵士達が立っている側の壁に腰を屈めながら近づいて行った。
「オフィーリア様! そっちに行ったら危ないです! 戻って下さい!」
オクサリスは必死に止めようとするが、オフィーリアは黙ったまま壁まで進むと、覗き穴から外を見下ろした。北門の外側から地平線まで、びっしりと松明の火が広がっているのを見て、震えが止まらなくなる。ウィローと一緒にピクニックに行った時に、たった一頭と出会っただけでもあれほど恐ろしかったのに、それが何万頭も押し寄せて来ている状況は、あまりに絶望的だった。
「濠の中でウィロー閣下が囲まれているぞ! 囲んでいる連中を射って援護しろ!」
「しかし、ここから矢を放てば、ウィロー閣下にも当たる可能性があります」
指揮官と士官の会話を聞いてオフィーリアが視線を下に向けると、濠の周りに松明が集まり、数え切れないほどのオークが、筏で一箇所を囲んでいる様子が見えた。その中心から四方に向かって何かが飛び出すと、最前列のオーク達が水面に倒れて沈んでいくが、後ろから押し寄せてくる群れの方が圧倒的に多く、次第に囲みは小さくなっているようだった。
ウィロー様が危ない……、どうしよう……、なんとかしなきゃ。
オフィーリアは、覗き穴の縁をぎゅっと握りしめた。
「後方で、新たな投石器が四台、据付が完了した模様です。火薬玉が来ます」
兵士の叫び声が終わらぬうちに、濠の向こうから、轟音と共に大きな火焔の塊が飛んで来て、門の端にぶつかった。
オフィーリアは弾かれたように壁を離れると、廊下の端の伝令室の前まで走り、そこに立つ兵士に徽章を見せて呼びかけた。
「ねえ。中に入れて。大角笛を使わせて」
「え、守備隊長の命令なしに、伝令室に入れることはできません」
「私は、ウィロー特任参謀の副官、オフィーリアよ! ウィロー様の命令です。中に入れなさい!」
オフィーリアの勢いに押されて、兵士は伝令室の扉を開けた。
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