4-5 新たな敵(3/3)

 

 ウィローが指揮台の上から見下ろすと、巨大な投石器が、数十頭のオークに引かれて来るのが見えた。日が暮れて薄暗くなって来た中で、多くの松明が焚かれ、その恐ろしい姿が煌々と照らし出されている。

 投石器は、二階建ての建物ほどの高さの腕が台座に軸で固定されている。後ろから綱を引いて、地面の高さまで腕を下ろしてカゴに岩などを乗せ、綱を離すと、重しの力で腕が跳ね上がって、遠くに岩を投げる仕組みになっていた。

 濠の近くまで投石器が来ると、それまで破城槌を抱えて門に突進して来たり、梯子をかけて登ろうとしていたオーク達は、濠の近くまで下がって門の前を空け、弓を射かけて来るだけになった。


「門の前を空けたけど、何を投げてくるつもりだろう?」

 首をかしげているウィローに、守備隊長が答える。

「前回攻めて来た時は、あれで火薬玉を飛ばして来ました。北門は全て消し止めましたが、東門の門外は、消火活動も十分にできなかったために村が全焼しています」

「ああ! うちの館を焼いたやつか」

 ウィローは、怒りのこもった目で投石器をにらみつけた。

 十分に引き倒された投石器の腕が、勢い良く跳ね上がると、真っ赤な炎をなびかせた玉が飛び出して来た。玉は北門の扉に直接ぶつかり、跳ね返されて地面に落ちたところで轟音と共に破裂した。北門の扉や周りの地面に炎が飛び散り、燃え上がり始める。

「消火!」

 守備隊長の指示で、楼閣の窓から革袋で汲んだ水を投げ下ろしたので、門の扉についていた火は消し止められたが、濠の向こう側には二台目の投石器がやってきて、同じように腕を引きおろし始める。

「楼閣の上に、消火用の水ってどのくらい用意されている?」

「前回も火攻めがあったので、水を入れた樽を五十個配置しています。不足しそうであれば、市街の防火水槽から水を汲み上げて、楼閣の上に持って来る手筈です」

 ウィローは、二台目の投石器の後ろで綱を引くオークに向けて矢を放ち、二頭、三頭と倒していくが、すぐに周りにいるオークが入れ替わるので、動きを止めることはできない。一台目と二台目の投石器の腕が、同時に跳ね上がると、一つはさっきと同じように門の扉にぶつかって爆発し、もう一つは門の上を飛び越えて市街の方に落ちて行った。

「街の方に飛んで行っちゃった! まずい」

 指揮台の背後から聞こえてくる爆発音に、ウィローは、オフィーリアやオクサリス達の顔を思い浮かべた。ちゃんと丘の上の貯蔵庫で扉を閉めてるかな。


 濠の向こうには、三台目、四台目の投石器と、燃え上がる松明の火が集まって来ているのが見えた。

「どんだけ火薬玉と投石器を持ってきたんだ? 元から断たないとダメか……」

 ウィローは、弓を置き、指揮台の後ろに置かれている防火用水の樽から手元の革袋に水を汲むと、北門の守備隊長に向き合った。

「下に降りて、濠の中に行ってくる。濠の水を使って投石器を食い止めるから、濠の上にいるオークたちを射って援護して」

「ウ、ウィロー閣下!? 下に降りるですって? あのオークの真っ只中に行くなんて、無茶です!」

「でも、そうしないと北門が焼け落ちて突破されちゃう。何をしてもここは絶対に守らないと」

「閣下!」

 再び、門の外側と市街の双方で爆発が起き、門の前には、消し切れない火が燃え広がって黒い煙が上がり始めた。あたりに異様な臭いが立ち込める。

「もう時間がない。行ってくるね」

 ウィローは、指揮台の横から門の外側に飛び出し、大角笛の巨大な管を伝って下に滑り降りて行った。



 楼閣に向かって登る階段の途中で、廊下全体が共鳴したようなゴーンと大きな音と共に、建物がぐらりと揺れた。

「うわっ」

 思わず座り込んでしまったオフィーリアに、後ろからオクサリスが声をかけた。

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫」

 オフィーリアは、首飾りに触れて息を整えてから、階段の手すりにつかまって立ち上がった。階段を登ってくるにつれ、次第に轟音と振動の頻度が増えてきているようだった。

「オフィーリア様。あの扉を出ると最上階のはずです。ウィロー様は、きっとそこにいらっしゃいます」

「行きましょう」

 オフィーリアは、一歩一歩踏み締めながら階段を上がり、扉を開けた。


 扉の外は、真っ直ぐ続く廊下になっていて、壁に一定間隔で空いている切込のところに、鎧を着た兵士がずらりと並んでいた。それぞれの切り込みにいる兵士は、矢を放ったり、革袋で運んだ水を外に投げ下ろしたりしていて、怒号と金属がぶつかり合う音で騒然としている。壁の外側からは、矢が突き刺さる乾いた音が途切れず続き、時折、うわあと大声を上げて倒れる兵がいると、胸や腕の鎧の隙間に矢が突き刺さっていた。

「オ、オフィーリア様、気をつけて。流れ矢が飛んで来ると危ないですよ」

「わ、わかってます」

 オクサリスは、兵士が構えている側とは反対の壁に沿って、背を低くして歩いている。オフィーリアもそれをまねて、しゃがみながら後ろをついて行った。

 廊下の途中で、指揮をしている士官を見つけたオクサリスは、近くによって話しかけた。

「あの、ウィロー様はどちらにいますでしょうか?」

 声をかけられた守備隊長は、二人を見て目を丸くした。

「あんた達、鎧も着ずにこんな所で、何をしているんだ? 頭がおかしいのか? ここは戦場だぞ! すぐに街に戻って避難しなさい!」

「あ、あ、あの、ウィロー様にどうしてもお目にかからないといけないので……」

 オフィーリアの言葉に、守備隊長は首を振った。

「ウィロー閣下は、門を下りて敵軍の真ん中に切込んで行かれた」

「ええっ?!」

 オフィーリアは、目を見開いた。

「ウィロー様が……。どうしよう……」

 オクサリスはオフィーリアの腕をつかんだ。

「ウィロー様は、絶対に大丈夫です。もう安全な場所に避難しましょう!」

 オフィーリアは、腕をつかんでいるオクサリスの手に、手のひらを重ねた。

「ウィロー様のために、できることはないかしら……」

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