3-6 再会(2/3)
ウィローは、フスパンネン少将の方に振り向いた。
「そのグートルーエンとかいう船長に、すぐ会いたいんだけど」
「はい。今、お連れします」
フスパンネン少将が、廊下に立っている兵士に命じると、すぐに隣の部屋に行き鍵を開ける音がする。戻って来た兵士の後ろから顔をのぞかせたグートルーエンは、ウィローとオフィーリアが並んでいるのを見つけて、満面の笑みを浮かべた。
「おお。ちゃんとウィローに会えたか」
「はい! ありがとうございました!」
オフィーリアは、ウィローの手を握りながら頭を下げる。
「じゃあ、約束通り一千ムントいただこうか」
グートルーエンがニヤニヤしながら手を出すと、ウィローはつかつかと詰め寄って、グートルーエンの襟首をつかんだ。
「ちょっと! オフィーリアをここまで安全に連れてきてくれたことは感謝する。ありがとう。でも、シュトルームプラーツからここまで来る料金が一千ムントってどういうこと?」
「はあ? 全部で二千ムントの約束で、前払いで一千もらったから、残金よこせって言ってるだけだろ。約束通り、あんたの元まで無傷で連れてきてやったんだ。今さら値切ろうなんてふざけんなよ!」
ギリギリと締め上げるが、グートルーエンも負けじと腕をつかみ返す。
「大事なオフィーリアの命を預かって、オークがうろついているかもしれない大河を下って来て、たった二千ムントなんて、ふざけんじゃないわよ! 戦争を舐めてんの?!」
「は、はあ……?」
グートルーエンは、ウィローが言っていることがよく飲み込めず、首をかしげた。
「オフィーリアの命は、もっと価値があるって言ってるの! 彼女には、彼女にしか歌えない音曲と、かなえたい夢があるの!」
「そ、そうですかい。で、残金は払ってもらえるんですかね……?」
ウィローは、襟首をつかんでいた手を離して懐から金貨をひとつかみ取り出し、グートルーエンの手に積み上げた。
「うひょっ! 三千も! 合わせて四千ムントか」
カネを受け取ったグートルーエンは、卑屈なニヤニヤ笑いを浮かべながら、頑丈そうな革袋に金貨をしまい、オフィーリアとウィローを見比べながら言った。
「また、危ねえ仕事があったら呼んでくれ。いつでも来てやっからよ」
仕事があったら呼ぶという言葉に、オフィーリアは船の中で話したことを思い出した。
「ウィロー様。グートルーエン船長を館にお連れしてもいいですか?」
「えっ……」
オフィーリアの提案に、ウィローは少し動揺した表情を浮かべる。
「伝令鷹を見せてあげたいんです」
「伝令鷹?」
オフィーリアは、船の中で船長と交わした約束のことを話した。次に渡し船の仕事を頼むにしても、河の民の村が焼けてしまっては、鷹を使わないと依頼もできない。
「伝令鷹なら、館じゃなくて、この海軍本部にいるよ」
「ここに、ですか?」
「うん。ちょっと事情があって、館で鷹を飼うのはやめたんだ。今は、ここの屋上に鷹小屋を置かせてもらってる」
ウィローは歯切れの悪い言い方をした。
「フスパンネン少将。今から、屋上の伝令鷹の所に行ってもいい?」
「もちろんです。ご一緒します」
ウィローは、椅子の上に置いてあったオフィーリアの荷物を背負い、オフィーリアの手を取って部屋を出る。少将と船長も後に続いた。
階段を上った突き当たりの屋上に出る扉にも、見張りの兵士がいて、鍵をかけて管理していた。扉を開けてもらい屋上に出ると、大きな小屋があり、二羽の鷹が止まり木の上に立っているのが見える。
オフィーリアはその横に行くと、グートルーエン船長を手招きした。
「これが伝令鷹です。水の桃源郷でもシュトルームプラーツでも半日で飛んで行くし、宛先の人にしか手紙は渡さないんですよ」
厳密には宛先じゃなかった私にも、渡してくれたけどね。オフィーリアは心の中でつぶやき、微笑んだ。
「この人がシュトルームプラーツにいるグートルーエン船長。覚えておいてね」
オフィーリアがエルフ語で小屋の中に呼びかけると、鷹は、首をかしげながら船長の顔をにらみ、ピャーと甲高い声で一声鳴いた。
「あ、しばらくはナベヘレイヘにいるそうです」
オフィーリアがエルフ語で補足すると、鷹はもう一声鳴いた。
「この鷹が、どうやって手紙を運ぶんだ?」
グートルーエンが聞くと、ウィローは懐から金属のリングを取り出した。
「この中に手紙を入れて、足に付けて飛ばすんだ」
「ほう」
グートルーエンは、渡された金属のリングをしげしげと眺め、蓋を開けたり閉じたりしている。
「フスパンネン少将。この後、グートルーエン船長はどうする予定?」
小屋の横に立っている少将は、表情を変えないまま答えた。
「夜間の航行は危険なので、明日、夜が明けてから護衛艦をつけて大河の途中まで送ります。今晩は、海軍省の宿泊所に泊まっていただきます」
「それなら、丘の上に連れて行かなくても大丈夫だね」
ウィローは、少しほっとしたようだった。いつもなら、河の民でも喜んで館に招待しそうなものを、と、オフィーリアは不思議に思った。
海軍本部の一階に下り、敬礼しているフスパンネン少将と、手を振っているグートルーエン船長に見送られながら、ウィローとオフィーリアは玄関を出た。
「それじゃ、私達は帰るね」
「ご足労、ありがとうございました!」
ウィローとオフィーリアは、何度も振り返りながら、東の丘に向かって歩いて行った。
ウィローが手に持つオイルランプの灯を頼りに、東の丘の坂道を登り切り、林の間からウィローの館の正面に出たところで、オフィーリアは強烈な違和感を覚えた。門の向こうに大きな二階建ての建物が立ち上がり、廊下に沿って並んだ窓ごとに、ろうそくの明かりがきらめいているはずの場所には、真っ暗な影しか見えなかった。二階の壁があるはずの高さに、星空が見える。
「……あ、あの。館の灯は消しているのですか? オークから見えないように?」
グートルーエンの船で、河の民の村の横を通った時に、丘の上に灯が見えなかったことを思い出した。
「ううん……。今まで黙っててごめんね。あの建物は焼けちゃったんだ」
「えっ? 焼けた?」
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