4-4 挟み撃ち(2/2)

「ウィロー閣下! 橋を下ろしてドワーフを収容しますか?」

「それはダメ!」

 守備隊長の提案に、ウィローは語気を強めて答えた。

「濠の向こうに倒れているオークの中には、傷ついたフリをして息を潜めているのもいるから。橋を動かすには時間がかかるし、中に入り込まれたりしたら大変なことになる」

 ウィローは、穴が空いた小さな丸い筒を先端に取り付けた矢を取り出し、大弓につがえて空に向かって放った。その矢は、鳥の鳴き声のような甲高い大きな音をさせながら、遠くへ飛んで行く。

 濠の向こう側にいたドワーフ達も、頭の上を聞き慣れない音が飛び越えて行ったことに驚き、歌をやめて指揮台を見上げて来た。


「フェルセンバント! ドワーフ軍を連れて、今すぐに西の丘に引き上げて! 敵が近づいて来てる!」

 ウィローが大声で怒鳴ると、ドワーフ達の中で一際大きな兜をかぶった者が、指揮台を見上げて怒鳴り返して来た。

「敵が来るから尻尾を巻いて逃げ出すなど、我らドワーフの勇者にはありえん! 正々堂々、迎え撃ってやるわ」

「バカなこと言ってんじゃないわよ! そんな数じゃないから! 今すぐ逃げて」

「いかに敵の数が多くとも、例え我らが皆ここで討死しようとも、ドワーフの勇者が力、目にもの見せてやろうぞ!」

「オー!」

 フェルセンバントの気勢に合わせて、ドワーフ達が鬨の声をあげているのを聞き、ウィローはエルフ語で毒づいた。

「ったく、この金物頭の耄碌もうろくジジイ!」


 見渡す限りの平野一帯から聞こえて来る、ドーン、ドーンという地響きのような太鼓の音は、さっきよりもずっと近づいていた。地平線の先に、櫓のような物も動いているのが見えて来る。

「フェルセンバント! ここで皆が野垂れ死して、大事な鉱山ヤマを汚らしいオークに踏み荒らされてもいいの!? 天国に行った時、ご先祖様に申し開きできなくなっちゃうんじゃない?」

「何をー!」

 フェルセンバントは、唸り声をあげながら門の上の指揮台を睨みつけてきた。

「ドワーフの格言にもあるよね? 『大きすぎる岩盤に行き当たり、掘り進めなくなったら、ずっと手前に引き返し回り道を掘る者が真に勇気ある者だ』って。ほら、岩盤が近づいて来てるよ!」

 地響きのような太鼓の音が、フェルセンバントの耳にも届いたようだった。

「うむ。水のエルフの言うことにも一理ある。ここは一旦、西の丘に引き上げるか。皆の者、隊列を組め!」

 ドワーフ達は四列の隊列を組み、西の丘に向かって駆け足で戻って行った。


「はあ……」

 ウィローは、指揮台の縁に手をかけて大きなため息をついた。その様子を見ていた守備隊長は、感心したように声をかける。

「ウィロー閣下の指導ぶりには感服いたしました。武勇のみならず、ドワーフの格言までご存知の博識、まさに将の将たる器かと」

「ああ、あれ、それっぽいのを適当にでっち上げただけだよ」

「はっ?」

 守備隊長は、言葉が継げず固まった。

「あのジジイは、今でこそドワーフの族長やってるけど、元々は鉱山で叩き上げた親方で学は無いからさ。退却して、部下に勇気が無いと思われるのは困るだろうから、それっぽいこと言って面目が立つようにしてあげただけ」

「はあ……」

「いろいろ気を遣ってるんだよ」

 ウィローは、地平線の先に動く影に視線をやった。

 


 同じ頃、海軍本部の簡素な部屋の中で、うつむいて座っているオフィーリアの前で、困り顔の士官が、記録簿の上で羽ペンを握りながら繰り返した。

「もう一度、聞きます。オフィーリア殿は、ウィロー閣下の指示で、あのような行動をしたのではないのですか?」

「いいえ。ウィロー様の指示ではありません」

「ふむ……。ウィロー閣下は、今、北門でオークを相手に戦闘中ですから、直接指示を出すことはできないでしょう。では、ウィロー閣下の委任を受けた副官として、自主的に判断して行動された、ということですね?」

「ウィロー様から委任などは受けていません。それに、私は副官ではなく、ウィロー様の専属音曲士です」

 はあ、と大きなため息をついている士官の様子を見ながら、どうしてわかってくれないのだろう、とオフィーリアは両手を握りしめた。

「オフィーリア殿。それでは、あなた個人が勝手に特任参謀閣下の伝令鷹を飛ばしてしまったということになります。重大な軍規違反として、処罰せざるを得なくなりますが」

「でも!」

 オフィーリアは顔を上げて、士官の目を見返した。

「きっと力になってくれるはずなんです! きっと、ウィロー様の助けになるはずなんです!」

 士官は、ほとほと困った顔になって記録簿を閉じた。

「ウィロー閣下に連絡して、こちらに来て頂かないと埒があきませんね」

「ウィロー様は、今、大変な時だと思います。私一人のために時間を割いて来ていただくなんて、そんなことは……」

 また頭を下げたオフィーリアを見ながら、士官は記録簿を持って立ち上がった。

「今日の取り調べはここまでにします。今晩はこの部屋にお泊まりいただいて、明日またお話を伺いに来ます」

 オフィーリアは、がっくりと肩を落とした。早くウィロー様の所に行かないといけないのに。

「あ、あの……」

 扉に向かって歩き始めた背中に声をかけると、士官は黙って振り向いた。

「オクサリスは……。一緒にいたエルフは、どうしていますか?」

「ああ、彼女には、もう帰ってもらいました。我々には、エルフを拘束する権限が無いので」

「良かった。オクサリスは帰れたんだ」

 眉をしかめた士官が部屋の外に出て扉を閉めると、外側から鍵をかける音がした。この部屋も、グートルーエン船長の船で到着した日に収容されていた部屋と同じく、内側からは開けられない扉と、鉄格子のはまった窓がついている。

 オフィーリアは、疲れた体を長椅子に横たえて目を閉じた。

 ウィロー様は、まだ無事だろうか。早くここを出て、お側に行かないと。




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