2-3 水のエルフ(2/2)
しっかり体を拭いて服を着終わった二人は、再び道に戻り、並んで歩き始めた。なだらかな登り坂だが、道を囲む林から枝が広がって木陰を作っているので、涼しくて歩きやすい。
オフィーリアは、エステュワリエンでは監視をしているだけと言っていたウィローが、これまでどんなことをしてきたのか気になっていたが、はっきりと口に出して聞くことはできなかった。
「ね、オフィーリア」
「は、はい」
不意にウィローから質問されて、オフィーリアは口ごもった。
「なんでオフィーリアは音曲士になろうと思ったの?」
「あの、子供の頃から歌が好きで……。小さい頃、曽祖母の家に親切なエルフのお兄さんがいて、歌い方を教えてくれたんです」
「へえ。そんな頃からエルフ仕込みで歌ってたんだ。それは上手くなるよね」
あの頃は、他のエルフを知らなかったので、みな優しくて親切なのだと思っていた。上手に和音が出せるようになると、自分のことのように喜んでくれたから、歌うことが楽しくて仕方なかった。隣で聞いている曽祖母も楽しそうだった。しかし、やがて曽祖母が亡くなると、エルフのお兄さんもどこかへ行ってしまったので、二度と会うことはなかった。
オフィーリアは、楽しかった子供の頃を思い出して、懐かしさと寂しさが胸の奥からあふれ出してくるの感じていた。
「エルフの音楽学校に入るのも、大変だったでしょ?」
「はい。曽祖母が亡くなった後、祖母が応援してくれたので。祖母は変わった人で、いつも頭がすっぽり隠れる大きな帽子をかぶっていて、おしゃれでした。お金持ちだったので、音楽学校に入るためにエルフの家庭教師を雇ってくれて」
オフィーリアはふっと苦笑いした。
「とっても厳しい先生で、レッスンの時はいつも泣いてました。でも、そのおかげで実力も付いたし、エルフ語も覚えることができました。プリントンを受験する時に推薦状も書いていただきましたし」
「推薦状なんているんだ」
「はい。ほとんどがエルフの生徒なんですが、音曲士の資格を持っているエルフの推薦状があれば、人間でも受験できるんです」
「やっぱり、頑張ってきたんだね。ご両親も応援してくれたでしょ?」
オフィーリアは口ごもった。
「両親は、私が小さい頃に亡くなったので、あまり覚えていないんです」
「……ごめん。無神経につらいこと聞いちゃったね」
そう言ってから、ウィローが黙って歩き続けたので、オフィーリアはことさら明るい声を出す。
「大丈夫です。ずっと祖父母の家で暮らしていたので、祖母が母親がわりでしたから。まあ、変わり者でいつも旅に出ていたので、ほとんど祖父に育てられたようなものですけど」
「そう」
少し無言で歩いてから、またウィローが振り向いた。
「オフィーリアはさ、子供達のために音曲を教える塾をやりたいんだよね?」
「はい」
音曲士の契約をする時に、夢の話をしたのを覚えていてくれたのか。オフィーリアは頬を赤らめた。
「なんで自分で塾をやりたいの?」
「音楽学校に通っているのは、音曲士一家のエリートのエルフの子たちばかりで、みんな小さい頃から訓練されてきてるんです。音曲って、小さい頃から始めないと一人和音の発声ができないから。でも、私は曽祖母の家のエルフのお兄さんに教えてもらった人間なので、毛色が変わっていて」
「そうなんだ」
「もっと気軽に、小さい子供達が音曲を習う場所があればいいのになって思うんです。人間もエルフも関係なく」
そうすれば、音曲を歌いたい人間の子が、エルフにいじめられるようなこともなくなるだろうし。本当に言いたかったことは、胸の奥にしまって口にしなかった。
「素敵な夢! その夢を応援したいからさ、三ヶ月の契約終わったら必ず延長してよ。そうだ! 一階に使ってない部屋があるからさ、そこを可愛く飾って教室にしようよ。まわりに家もないから、子供達がどんなに大きな声で歌っても大丈夫だよ。それで、フェルンにクッキーを焼いてもらって、おやつに出すの。どう?」
「さあ、どうしましょう? 期限が来るまで考えますね」
オフィーリアが微笑みながら答えると、ウィローはぷぅと頬を膨らませた。
「もう! 焦らさないでよ」
しばらく歩き続け、小さな峠の坂道を登り切ると、急に目の前が開けて、平原の向こうに青い山々が広がる風景が目に飛び込んできた。一番奥の高い山の
「見えてきたよ。あの山の麓が、私の故郷の
懐かしそうなウィローの表情を見ながら、オフィーリアは不安になってきた。大勢の見知らぬエルフに囲まれて、うまくやっていけるだろうか。ウィローの館にいるフェルンやオクサリスのように、優しいエルフばかりなら良いけれど、プリントン・ウーデ音楽院の時のように、露骨な嫌がらせを受けたり、辛辣なことを言われたらどうしよう。
そんなオフィーリアの心中には気づいていないのか、振り向いたウィローは、青い山並みを背に満面の微笑みを浮かべながら、手を差し出してきた。
「さあ、行こう。下り坂は転ばないように気をつけないとね」
「はい」
差し出された手をつなぎ、並んで歩き始めると、ウィローの手のひらから伝わる温かさに、オフィーリアの不安は洗い流されるように薄らいでいった。
このひとと一緒にいれば、大丈夫かもしれない。
不安の代わりに、そんな思いが広がってくるのを感じていた。
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