2-3 水のエルフ(1/2)

 お茶と堅いパンで簡単な朝食を取り、野営していた敷布や屋根を背負うと、二人はまた歩き始めた。道と並行して流れる川は、時に離れ、時に道のすぐ横に接しながら、涼しげな水音を響かせている。

「この先に、道から少し離れて見えないところに小石の川原が広がっていて、水浴びするのにちょうどいいところがあるんだ」

 先に立って歩くウィローが、道の右手を指さした。ちょうど道と川の間に林があり、下草が生い茂っているので、歩いていると川は見えない。

「船の上では温水浴もできなかったし、ここを過ぎると、桃源郷に着くまで、いい場所は少ないから、汗を流していこう」

「はい」

 ウィローは道を外れて、林の間に分け入って行った。


 林を抜けると、ウィローの言った通り、広々とした川原に出た。川幅が広く、水量も多いが、深さは腰程度で流れもゆるやかである。澄み切った流れの近くには、小さくて丸い小石が一面に広がっているばかりで、木も草も生えておらず、明るい日差しがまぶしい。

「ここなら、誰も見てないし、荷物を下ろして汗を流すのにちょうどいいでしょ?」

「え、ここで?」

 川の流れは確かにゆるやかで、水浴びをするには最適かもしれない。しかし、誰も見ている人はいないとは言っても、流れの淵には一本の木も岩もなく、身を隠すところなど何も無い、あけっぴろげの場所だ。

「先に水浴びしてきてもいい?」

「は、はい」

 オフィーリアが答えるなり、ウィローは上着から肌着まであっという間に脱いで裸になった。筋肉質で引き締まった腕や太もも、腹まわりと、ふっくら大きな胸と腰のふくらみが、明るい日差しに輝いていて、オフィーリアは思わず目を伏せる。

「ウィロー様! い、いきなり、困ります」

「なんでオフィーリアが困るの? 水が冷たくて、とっても気持ちいいよ」

 ざぶざぶと水の中に入って行く音がして、離れたところから声が聞こえてきたので、恐る恐る目を上げると、ウィローは川の真ん中でゆうゆうと泳いでいた。きらきらと細かな輝きが、真っ白なウィローの体の上で弾け、まるで、川の水がウィローの体を包んで喜んでいるように見える。

 今さらながら、ウィローが「水のエルフ」を名乗っていることを、オフィーリアは思い出していた。


 一泳ぎすると、ウィローは岸に上がってきて、裸のままオフィーリアの隣に立ち、粗い木綿の布で体をふき始めた。

「気持ち良かったー。次どうぞ」

 どうぞと言われても、ここで裸になる? あまりに開けっぴろげな空間に、オフィーリアは決心が付かず、周りを見渡した。

「大丈夫。私は上流の方を見てるから、ちょっと下の方で水浴びしてくれば?」

 脱いだ服を川の水ですすいで絞りながら、ウィローはすぐ横の川面を指した。

「は、はい」

 この先は、汗を流せる場所も少ないということなら、できる時にしておかないと。今までの長旅の経験でも、水場や、食べ物を手にいれる機会を逃すと、その後苦労することは、身にしみている。

 オフィーリアは、おそるおそる服を脱いで裸になると、ウィローに背を向けて川に入り、水の中にしゃがんで浸かったまま、布で体をこすり始めた。川の水はひんやりと冷たく、澄み切っていて、ウィローの言った通り気持ちいい。


「オフィーリア!」

 後ろから、ウィローの少し緊張した声が飛んできた。

「はい」

 振り向くと、ウィローが対岸をじっと見ながら、川に片足を踏み込んでいる。

「ゆっくり水から上がって、荷物のところにいて。走っちゃだめよ」

「はい」

 ウィローの視線の先をたどると、鋭い目つきの灰色の獣が何頭か、上流の対岸にいて、じりじりと近づいて来ていた。少し開いた口元の大きな牙の間から、長い舌がだらんと伸びている。人間よりは少し小さそうだが、襲われたら逃げられる気がしない。

 オフィーリアは、言われた通りにゆっくりと荷物まで戻り、さっき脱いだ服を着ようとするのだが、体が濡れていて、思うように袖に手が通らない。獣がじりじりと近づいてくる恐怖で、体がうまく動かないこともあり、焦れば焦るほど、うまく着られなくなっていた。


 水に入ったウィローは、少しかがんで水面に手を置き、小声で何かつぶやき始めた。ウィローが手を上下に動かすのに合わせて、川のおもてに波が立ち始め、ウィローを中心に大きなうねりが生じる。どんどん大きくなってきたうねりが頭の高さほどになったところで、ウィローは鋭く叫びながら、勢いよく両手を獣たちの方に向けた。

 ウィローの手に押されたように、うねりは川の水をどんどん吸い上げながら大きな波となって、上流に向かい押し寄せて行った。まるで、巨大な水の壁が突然立ち上がったようになり、獣たちは、逃げる間もなく巻き込まれて、向こう岸の林の奥まで押し流されて行った。

 全ての水が押し流されて、川底の砂利も見えるようになってしまったが、すぐに上流から川の流れが戻り始める。林の奥に流れて行った水も勢いよく戻ってきたが、獣たちは、そのまま逃げ去ったようだった。


「大丈夫?」

「は、はい。驚きました。あれは一体?」

 まだ、片袖しか入っておらず、お腹や胸が半分見えた状態でしゃがみ込んでいるオフィーリアの元にやってきて、ウィローは笑った。

「まず、体を拭いてからの方がいいんじゃない? 拭いてあげるよ」

 ウィローは、乾いた布を自分の荷物から出し、オフィーリアの肩に手を当てて、手足を拭き始めた。恥ずかしいのと焦っているのとで、真っ赤になったオフィーリアは、何も言えずに口をぱくぱくしている。

「今のが、魔狼ワーグ。群れで行動していて近づくと危ないけど、頭はいいから、こっちに隙がないことを見せれば逃げていくから」

「あ、あの、川の水は……」

「ああ、あれはメジケアクアトリメンテっていう水のエルフの技。大波を起こして、相手を押し流すの。相手がたくさんいて、弓でいちいち撃つのが面倒な時は、手っ取り早くやっつけられるから便利よ」

「は、はあ」

「まあ、難点は、水が大量にないと使えないところだけどね」

 いつも明るく、天真爛漫だが、オークを退治した時や、今のようにワーグを追い払う時は、別人のようになって戦う。首元や腕に傷跡もあるし、実はウィローは歴戦の戦士なのかもしれない。

 オフィーリアは、ウィローの過去が気になり始めていた。







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