2-5 忘れられぬ思い(1/2)

 寮の相部屋で、小さなテーブルの向かいに座っているのは、ルームメイトのビーリディス。六年間、ずっと同じ部屋で暮らしてきた。真面目で明るい性格のエルフで、笑い声が部屋の中に響いている。

「大変だったけど、ようやくここまでたどり着いたね」

「そうだね。音曲士オフィーリア殿!」

「ありがとう。音曲士ビーリディス殿!」

 二人は、それぞれの音曲士試験の合格証を手に、祝杯をあげていた。


 来週はプリントン・ウーデ音楽院の卒業最終試験で、それが終われば卒業式となる。音曲士試験に合格していれば、最終試験で落ちることは、まずないと言われていたから、もう卒業までのカウントダウンが始まっているようなものだった。

 卒業して、それぞれの道に進んで行けば、また会うことは難しいだろう。六年間、毎日顔を合わせて、喜びも、苦しみも、みんな共有してきた彼女と離ればなれになるのは寂しかった。


「ビーリディスは、フォリアノ・ベラ・プルラント音楽学校に内定してるんだよね?」

「うん。音曲の教師になるのが夢だったから、すごく楽しみ」

 フォリアノは、西のはずれのエルフ領にある音楽学校で、プリントンと並ぶ名門校だった。

「オフィーリアは、就職は決まったの?」

「ううん、まだ。専属音曲士として雇ってくれるところを探して、結構な数の手紙を出したんだけど、まだ反応は一件もないんだ」

 エルフの学校を出て、エルフの歌が歌えるからと言って、エルフの領主が人間を雇ってくれることはなさそうだった。そもそもエルフと人間では数倍寿命が違うから、エルフから見て短命な、百年も生きられない人間を雇うメリットはないだろう。かと言って人間の領主では、よほどの伝統儀式でもなければ、エルフの歌の需要などあまりない。

「そうか。でも、きっといい雇い主さんが見つかるよ。だって、オフィーリアの歌は、とっても素敵だから。私も大好きだし」

「ありがとう」


 寮は、音楽学校の敷地の中にあった。部屋を出て坂道を下りながら少し歩けば、すぐに教室のある講義棟に着く。講義棟は、中庭を囲んでいくつもの教室が並び、回廊でつながっている。中庭は、大勢の生徒が集まって話をしていたり、輪になって練習曲を歌っていたりして賑やかだが、回廊から校舎の外側に伸びている廊下は、あまり人通りもなく、いつも寂しい場所だった。

 教室に着いたオフィーリアが呼び出されて行った廊下も、普段は誰もいないはずだが、その日は五人のエルフが待っていて、周りを囲まれてしまった。


「なんで呼び出したのか、わかるか?」

 口火を切ったのは、同級生の中では最も歌の技術が長けているエルフだった。いつも実技試験の成績でトップを争っていて、オフィーリアが一位、彼が二位になることが多かった。もっとも、オフィーリアは自分の技術を磨くことに夢中で、成績の順位を意識したことはなかったのだが。

 しかし教室の中では、いつもきつく当たられていた。


「……わかりません」

「お前も、音曲士の試験に合格したんだってな?」

「……はい」

「音曲は誇り高きエルフの伝統なんだ。お前みたいな人間が、音曲士を名乗れると思ってるのか?」

「……」

 オフィーリアも、エルフの伝統は理解していた。歌詞に込められた、悠久のエルフの歴史や、偉大な祖先への崇拝、自然と一体になった不思議な力。そういったエルフ文化への敬意も含めて、音曲に取り組んできたつもりではある。

 ただ、自分はエルフではないし、エルフの不思議な力も持っていない。それなのに、音曲を歌うことができるか、という疑問はずっと持ち続けていた。

 しかし、指導してくれる教師たちの多くは、オフィーリアの才能を認め、伸ばしてくれた。オフィーリアの歌には、エルフの魂がこもっていると言ってくれる教師もいた。それを支えに、ここまで頑張ってこれたのだ。


「お前みたいに、遊びや趣味でやっているのと違って、俺は優秀なエルフの一族として、ここを首席で卒業しないといけなんだよ」

「あの……、私も、遊びや趣味というわけでは……」

「人間がいくらやっても、所詮はまねごとだろ。エルフの伝統を背負っている俺とは違うんだよ。いいか。来週の卒業試験は棄権して、すぐに学校から出て行け」

「えっ?」

 これまでも、目障りだから消えろと言われたことは何度もある。しかし、ここまで具体的に言われるのは初めてだった。


「……でも、卒業試験はちゃんと受けないと」

「うるさい!」

 怒鳴り声に体がすくみ、息が苦しくなってくる。



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