2-5 忘れられぬ思い(2/2)
「俺の父親はフォリアノ・ベラ・プルラント音楽学校で校長をやってるんだ。その後継者として、俺はここを首席で卒業しないといけないんだよ。はっきり言うが、お前は邪魔だ。今すぐ消えろ」
「でも……」
「あんたみたいな人間が、なんでこの学校にいるの」
「先生にひいきされて成績がいいだけでしょ」
「いるだけ邪魔なんだよ」
「さっさと消えろ」
「人間のくせにこの学校の名前を名乗る資格はないわ」
「早くこの学校から出て行って」
周りを囲んだエルフ達から、口々に憎しみがこもった罵声が飛んでくる。オフィーリアは、息が苦しくて耐えられなくなり、しゃがみこんでしまった。
「もし出て行かないなら、いつもお前をかばっていて目障りなビーリディスが、どうなっても知らないぞ」
「えっ?」
ルームメイトのビーリディスの名前が突然出てきて驚いた。教室で他のエルフに、いわれない中傷を受けている時に、「そんなことないよ」と助けてもらうことは確かに多かった。オフィーリアが何かされていても、見て見ぬふりをしているエルフが多い中で、彼女の存在はどれだけ心の支えになってきたか。
「どういうこと?」
息苦しい胸をおさえながら、震える声で、かろうじて聞く。
「あいつ、フォリアノに就職するつもりなんだろ。俺の父親に、ビーリディスがプリントンで不正をしていたって噂を教えてやれば、きっと騒ぎになるだろうな」
「そんなの、嘘だってすぐにわかります……」
「エルフの社会は信用が大事なんだよ。不正の噂が流れてるってだけで、内定は取り消しになる」
「ひ……ひどい」
「いやなら、卒業試験の前にここを出て行け」
音曲の教師になるのが夢だったから、すごく楽しみ。そう言って笑うビーリディスの顔が目に浮かぶ。これまでの努力が全て無駄になり、夢を失ってしまうなんて。
プリントンは名門校だから、生徒もエルフの有力者の子息が多い。このエルフの父親がフォリアノの校長だというのも、本当の話だろう。ビーリディスは、普通のエルフの育ちだと聞いているから、内定が取り消しになってしまうと次の学校を探すのも大変かもしれない。
それに比べると、自分はまだ就職先も決まっていない。音曲士の資格は取ったから、卒業まではしなくても、食べていくだけならなんとかなるかもしれない。こんなエルフの言いなりになるのは悔しいけれど、ビーリディスの夢を奪ってしまうことはできなかった。
「いいか? 来週の卒業試験は棄権して、すぐに出ていけよ」
うつむいているオフィーリアを置いて、五人のエルフ達は立ち去って行った。
放課後、教務科に行って教頭のアウトゥームナ先生に、卒業最終試験を棄権しすぐに退学すると話すと、当然のことだが、なぜと問い詰められた。あなたのような才能があるひとが、なぜ? プリントンの卒業生であれば、たとえ人間でもエルフ社会で一流の音曲士として活動が保証される。それを捨てるなんて、何を考えているの?
しかし、オフィーリアは答えることができなかった。もし、脅してきたエルフのことを話したとしても、父親に嘘の報告をしてビーリディスの夢を奪われてしまったら、取り返しがつかない。
アウトゥームナ先生は、エルフ銀の台座の表に『音曲士 プリントン・ウーデ音楽院』と、裏にオフィーリアの名前と校章の紋様を刻んだ身分証を取り出した。本来はエルフ語だけで表示されているものだが、オフィーリア用に、特別に人間の文字も刻まれている特注品だった。
卒業最終試験は必ず受けて下さい。ただ、卒業式に出られないかもしれないなら、この身分証は、先に渡しておきます。そう言って手渡してくれたアウトゥームナ先生の顔は悲しそうで、目を合わせられなかった。
その夜、部屋でベッドに入り、一度寝たふりをしてから深夜に起き出して、バッグの中に、着替えと教科書、最低限の身の回りの物だけを詰めた。元々、寮の部屋には、備品として家具などが揃っていたので、大きな荷物はない。
ベッドの上で、ぐっすり眠っているビーリディスを起こさないように静かに近づき、美しい金髪の前髪にそっと口づけをすると、荷物を持って部屋を出た。
これが、プリントン・ウーデ音楽院と、ビーリディスを見た最後の日だった。
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