1-2 契約(1/3)

 目を覚ますと、ふかふかのベッドの上で、美しいエルフと並んで眠っていた。


「おはよう……。よく寝られた?」

 奥深い響きがある独特の声を聞いた途端、オフィーリアは昨夜のことを全て思い出した。酒場の舞台で歌い終わってフロアに下りたら、お客さんに囲まれてしまったこと。その後ろから美しいエルフの女性が現れて、専属音曲士になってほしいと言われたこと。ふらついたところを抱きかかえられて、自分の館に来てほしいと言われたこと。

 その後の記憶は、ない。


「あ、あの、ここはどこですか?」

「私の館の、お客様のための寝室」

 エルフの館に連れてこられた? どうしよう。とんでもないことになってしまった。オフィーリアはぎゅっと手を握りしめた。

 そんな様子には気づかず、エルフはベッドから起き出して出窓に近づき、薄いレースのカーテンを開いて飾り紐タッセルでくくると、オフィーリアの方に振り向いた。

 昨日酒場の客が言っていたような、勇猛な戦士という雰囲気は全く感じられず、淡いベージュの肌着にかかる長い金髪と白い顔が、窓から入る陽の光を浴びて輝いている。その姿がまぶし過ぎて、オフィーリアは目をそらした。

「ベッドの寝心地はどうだった?」

「はい……。朝までぐっすり寝られました。けど……、なぜ一緒のベッドに……?」

 オフィーリアは、相手の様子をうかがいながら、恐る恐る尋ねた。

「うん。昨日は、驚かせちゃったみたいで、気を失っていたから横で看てたんだけど。つい眠くなって一緒に寝ちゃった」

 エルフは、少し恥ずかしそうに笑った。

「あ、ちゃんと自己紹介してなかったね。私はウィロー。水のエルフ」

「あ、あの、私の名前は、オフィーリア。オフィーリア・リカレストです。音曲士をしています。あの、この街には昨日着いたばかりで……」

 ウィローがベッドに近づき、うつむいた顔の正面から深く青い瞳でじっと目を見つめてきたので、オフィーリアは息ができなくなった。やはりエルフは、苦手だ。

「リカレストって姓は、人間でも多いの?」

「いえ……。私の家族以外では会ったことはないですが……」

「ふうん。あ、昨夜の歌はすごかったね。あんなに完璧で美しい歌を聴いたのは、生まれ故郷にいた時以来だよ。体の芯がじんじんとしびれてきて、本当に気持ちよかった」

「あ、ありがとうございます」


 ウィローは、すっと顔を離し、部屋の入口から中をのぞき込んでいた女性のエルフに声をかけた。彼女はウィローとは対照的に、背も低く、上下とも黒い上着とスカートを着ている。

「オクサリス。着替えの部屋着は持ってきた?」

「はい! 持ってきてます!」

「オフィーリア。昨日着ていたドレスは、洗濯して干してるから。あと、宿に置いてある荷物は、後で取りに行かせるから安心して。それまでは、私の服を貸してあげるね。それと、隣の浴室に温水が沸かしてあるから、汗を流してきたら。昨日、酒場から来て、そのまま寝てたから気持ち悪いでしょ。着替えたら、朝食を用意するから食堂に来てね」

「え、着替えに、浴室ですか」

 立て続けにあれこれ言われて、オフィーリアは戸惑った。ただ、最後に温水につかったのは前の雇い主の城を出る前日で、もう一月も前になるから、ありがたい提案ではある。旅の間は温水浴などできないから、水で濡らした布で顔や体を拭くくらいしかしていなかった。着ていた服もずっとそのままだ。

 しかし、初めて会ったエルフにいきなり親切にされても不安が募る。


「オクサリス。案内して差し上げて」

「はい!」

 ウィローが部屋から出ていくと、代わりに黒服のエルフが両手に服を持って入ってきた。長命なエルフの年齢はわかりにくいが、まだ子供っぽい顔をしている。

「ウィロー様の館で召使をしているオクサリスです。どうぞこちらへ」

 案内されるまま、廊下に出て隣の部屋に入ると、大きな浴槽にお湯が溜められていた。浴槽の横には、香油の入った器が置かれていて、いい香りが漂っている。


 浴槽の横に立ち、しばらく待っていたが、部屋の隅の台に着替えを置いたオクサリスは出ていく気配もなく、じっとオフィーリアを見つめて立っている。

「あの……」

「あ、入浴をお手伝いするつもりでしたが、お着替えからですね。気が利かなくて済みませんでした!」

 そう言うなり、オクサリスはオフィーリアの着ている肌着に手をかけると、脱がしにかかった。



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