第39話 怪談殺し -祓え 三の幕-
十二月二十五日 十八時三十分
K警察署 第一会議室
緊急の捜査会議が始まる。
中心議題は、向井と小坂の調査結果の報告である。
*
「……という事で、本事件の元ネタになりそうな怪談、都市伝説や噂などを調査いたしましたが、今のところ合致するようなものは見つかっていません。ただ、平成二十二年の八月に放映された、"本当にあったかもしれない怖い話"にて、赤いトレンチコートを着た女の幽霊が出る回がありました。本件との関連性を現在調査中です」
向井が淀みなく報告する。
「引き続きよろしく頼む」
飯塚は、あくまで冷静に指示をする。
しかし、その顔には明らかに疲労の色が浮かんでいた。
向井は、小さく頷くと、報告を続ける。
「それから、本件の犯行現場で過去に発生していた不審死事件について、小坂刑事が調査したところ、気になる人物が挙がってきました。詳細は、小坂刑事から報告します」
向井は、こちらを振り向くと、頷く。
勢いよく立ち上がると、膝裏に蹴飛ばされた椅子が大きな音を立てて倒れた。
その音に、前方に座る捜査一課の捜査員の数名が振り返った。
恥ずかしさで、顔が赤くなるのが分かる。
「すいません」と言ってから、椅子を引き起こす。
緊張を紛らわせようと、ジャケットの前ボタンをしめて、居住いを正す。
「報告します」と第一声を発すると、多少、緊張が和らいだ。
「本件の全ての事件に関連している女がいます。城ヶ崎 詩織という女です」
飯塚の目に鋭い眼光が宿る。
捜査員たちの静かなざわめきが、細波のように会議室を伝播する。
「聞き覚えがあるな。何者だ?」
飯塚が発言すると、会議室は、しんと静まり返った。
「小林琢磨失踪した事件の通報者です。この女は、K市で、"夜行"というBARのを経営しています」
「その女と他の事件との関係性について説明してくれ」
そう言う飯塚は、静かに、だが、確かに興奮しているようで、何かを期待しているような目をしていた。
「はい。まず、一件目の犯行現場となった、Y寺児童遊園地ですが、ここで過去に変死体となって発見された、女性と生前に交流があったようです。二件目の犯行現場で発見された首無しの男は、女子高生監禁事件の被疑者であり、警察がその行方を追っていました。その被害者の女子高生を救出したのが城ヶ崎です。また、三件目の犯行現場である駐車場で溺死した男性の第一発見者もこの女でした」
捜査員たちが一斉に、色めき立つ。
「それから、警護中に亡くなった花山さんと、一昨日亡くなった大学教授の二人は、城ヶ崎の店の常連であり、そして、失踪した大学生の小林琢磨は、この店の従業員です。」
飯塚は、右手をあげて、ざわめく捜査員たちを制す。
「一件目の犯行現場で見つかった女性と、生前交流があったとのことだが、その情報はどこから得たものだ?」
「伊丹刑事が、直接その女から聞いたようです。彼も、このBARの常連のようです」
「伊丹か……」
「なんでも、城ヶ崎が積み木にまつわる怪談を調べていたところ、この女性と知り合ったとのことです」
飯塚の眉がぴくりと動く。
「怪談だと……?」
「ええ。なんでも、この城ヶ崎という女は、怪談蒐集家であるらしく、気になった怪談は自ら調査しているのだそうです」
「では、怪談好きが高じて、新しい怪談を作り出しているということか……?」
「その可能性は十分に考えられます」
会議室は、静まり返っている。
ゆっくりと飯塚は立ち上がると、声を張り上げた。
「全捜査員! この城ヶ崎詩織という女の身柄を何が何でも確保しろ!!」
捜査員達が、一斉に声を上げる。
その時だった。
後方の会議室の扉が開く音がした。
飯塚は、扉の方を見やると、驚いたような顔をした。
思わずそちらの方向を振り返る。
そこには伊丹さんが、何か思い詰めたような顔をして立っていた。
「伊丹……担当じゃないお前がなぜここにいる?」
伊丹さんは、飯塚の問いかけには答えず、静かに口を開く。
「城ヶ崎がこの一年で関係している事件はもう一つある」
「何?」
「このK市周辺で発生していた連続自殺事件だ。俺の娘が巻き込まれてな……その事件を解決に導いたのが彼女だ。ある女が、ネットの掲示板で悩みがある人間を見つけては、洗脳し、自殺に導いてたんだ。その女の名前は藤堂 由紀子。十年前、信者たちを巻き込んだ、集団自殺事件を起こした久世の輪という宗教団体のナンバースリーだった女だ。こいつが、教団の唯一の生き残りだった」
「久世の輪……知らないな……」
飯塚はそうつぶやくと、近くの捜査員に目配せをする。
捜査員は、手元のノートPCで検索をかける。
「ありました。警視庁のデータベースに記録が残っています」
捜査員はそう答えると、PCの画面を会議室のスクリーンに映す。
「確かに、十年前、集団自殺事件を起こしていますね。教祖、信者含めて、合計二十七名が死亡しています。自殺は……服薬によるものですね。自殺に用いられた毒薬は、"ピモベンダン"という薬です」
その時、前方に座る鑑識の一人が、大きな声を上げた。
「なんだ?」
飯塚が、声を上げた鑑識に問いかける。
「ピモベンダンというのは、強力な強心剤です。この薬を健康な者が服用した場合、重い不整脈を発症することがあり、最悪の場合、心停止します。つまり、心臓麻痺で死亡します。そして、この薬の成分は、通常の手順では、検出できません…!」
"心臓麻痺"--それは、この事件の被害者の検死結果と一致する。
最後のピースがはまった瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます