第13話 はっかく様 -エピローグ 再誕-

 A市にあるH駅の北口から歩くこと一分。その老舗BARは、とある雑居ビルの地下一階でひっそりと営業している。


 親子二代に渡って受け継がれ、もう、かれこれ六十年以上、この町の人々の隠れ家として愛されていた。


 その名を「コンツェルト」という。


 道路に面した地下へと伸びるの階段を降りると、突き当たり左側に、温かな風合いのオーク材の扉が現れる。


 "来る者拒まず"を体現した人徳者であった先代オーナーらしい、誰もがホッとするような入り口である。私はこの扉が大好きであった。


 そして、うちの店の入り口とは大違いである。


「夜行」の扉は、あえて重々しく、人を寄せ付けない雰囲気の扉にした。


 店の扉は、その店を表す顔のようなものだと思う。だから、その店の"人柄"にあったものを選ぶべきだ。


 私のような半人前には、この店のような慈愛に満ちた扉はまだ早い。


 私は、自分の店の重く冷たい扉をくぐるたびに、自問自答する。この扉のように近寄り難い店となっていないだろうかと。


 いつか、この店のように全てのお客さまを包み込み、そして送り出せるような店になったのなら、あの扉は取り替えようと思う。


 私は、しばらくこの店の扉を眺めたのち、ノブを回して入店した。


「いらっしゃい」


 玲子さんが優しく出迎えてくれた。


「今日はお招きいただきありがとうございます」

「何言ってんの。娘を助けてくれたお礼よ。今日は、貸切だし、好きなだけ飲んでって」

「いえ、感謝されるような事は、何も……。それに、私が最初から玲子さんに怪談の内容を話していれば、あんなことにはなりませんでした。ごめんなさい」

「でも、助けてくれた事は事実よ。だから、本当に感謝してるの。改めて、お礼を言わせて。本当にありがとう」


 真剣な顔でそう言うと、玲子さんは頭を下げた。


「どうか、頭を上げてください!」


 私は動揺し、椅子から立ち上がりながら言う。


 玲子さんは、頭を上げると、いつもの笑顔に戻った。


「さて、何をお飲みになりますか?」


 少し安心する。


「では、今日のおすすめをお願いします」


 私は、そう答えた。


 しばらく、玲子さんと新しいお酒についての情報交換や、他愛のない会話をする。


 なぜか、私と小林くんの関係について興味津々のようで、私が彼をどう思っているのかを聞いてきた。


 ただの同僚だと答える。


 正直、私自身、彼をどう思っているのか良く分からなかった。


 しかし、玲子さんの期待するような恋愛感情は無いと思う。


「でも、小林くん、残念だったわね」

「仕方ないですよ。法事って言ってましたから」


 今日は、小林くんもお呼ばれしていたのだが、予定が合わず、来られなかったのだ。


 日程を再調整することを提案したのだが、そんな事したら、時期を逸してしまいますと固辞されてしまった。


 ありがたいことに、コンツェルトも、うちの店も、恒常的に予約が入っており、玲子さんと私の予定を合わせるのは、実際、至難の業だった。


「良くお礼を言っておいてくれる? これ、今日の代わりと言っては何だけれど……」


 そう言って、有名菓子店の紙袋を手渡される。


「小林くん、甘いもの好きなので、きっと喜びますよ。私から伝えておきますね」


 そう言いながら、それを足元にそっと置く。


「ありがとう」


 玲子さんは少し安心したような顔をしてお礼を言う。

 いえ、と答えながら、丸みを帯びたカクテルグラスに口をつけた。


 私は、ずっと気になっていることを聞くことにした。


「ところで、真琴ちゃんの、その後はどうですか?」

「元気よ? 怖い思いをしたから、私も、心配してたんだけれど、意外と図太いみたい。学校にも復帰できたし。依里ちゃんが転校を取りやめて、戻ってきてくれたことも大きいかな。今は部活に大忙しよ」


 本当に良かった。


 心から安堵する。


 なかなか聞けず、ずっと気がかりだったのだ。


「吹奏楽部でしたっけ?」

「そう。バリトンサックス」


 渋い……。


「玲子さん、ちなみにあの事は……」


 玲子さんは、眉をひそめる。


「ええ、真琴には言ってないわ。あの時捕まったと伝えてるわ」


 あの日、逃走したあの用務員は、警察の必死の捜索の甲斐もなく、発見できなかった。


 しかし、2日後、事件は急展開を迎える。


 男は、ある人気のない神社の境内に居た。いや、

 

 しかし、その男には、


「しかし、誰が持っていったんだろうねぇ」


 ねぇ、M女子学苑のはっかく様の話知ってる?


 あぁ、あの、お嬢様学校の? 知ってるよ。なんか、呪いの儀式が流行ってたんでしょ? 呪われると、はっかく様に首を持ってかれるとか聞いたよ。でも、呪いじゃなくて、用務員の男が生徒を襲ってたって聞いたけど? 捕まったんでしょ?


 それがさぁ、その犯人の男、死んだらしいんだよね。しかも、その死体には首がなかったんだって。


 なにそれ、怖。殺されたの?


 いや、切ったとかじゃなくて、引きちぎられてたらしいよ。人間に出来るような事じゃないでしょ。犯人も捕まらなかったんだって。なんかね、みたいよ。

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