第5話 死臭 -エピローグ-
意識が戻った時、私はカウンターに突っ伏していた。
顔を上げると、店主が心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいる。
「あの、どのくらい……」
「え?」
どうやら、気を失っていたのはほんの一瞬らしい。
「いや、すみません。少し持病の偏頭痛が……」そう言って取り繕う。
「いま、暖かいお茶かお水をお出ししますね。どちらになさいますか?」
「すみません、お水を一杯お願いします」
店主は「かしこまりました」と応えると、あの美しい水差しからグラスに水を注いでくれた。
水を飲むと、痛みが多少和らいだ。
しかし、これ以上店に迷惑をかける訳にはいかなかった。
私は会計を済ますと、背中に心配そうな店主の視線を感じながら、店を後にしたのだった。
駅までの道すがら、私は自分の目的を果たせなかった事を悔やんだ。
私のとある病について店主に聞いてもらうつもりだったが、仕方がない。機会を改めるしかないだろう。
ただ、その時間が私に残されているかは分からなかった。
脳腫瘍だった。
場所が悪く、手術も不可能と医者から言われている。
しかし、相談したかった病はもちろんそれではない。
腫瘍の存在が明らかになったのと時を同じくして、私はある能力に目覚めた。それこそが私の悩みの種、特殊な病である。
私は、人の死相が見えてしまうのだ。
その能力は、激しい頭痛と共に突発的に発現する。予兆などない。
加えて、人の死ぬ瞬間の顔など、見ていて気持ちのいいものではないし、時には、目を背けたくなるようなグロテスクな映像が浮かぶこともある。
だから、私はこの能力の発現にいつも怯えながら生活している。
能力の発現直後は、一週間に一度あるかないかという頻度だったが、最近は二日に一回程度にまでなっていた。脳腫瘍の進行と相関があるのだと、直感的に感じている。
私は、確実に死に近づいている。
自分の死相が見える日も、そう遠くないはずである。
そして今日も、能力が発現してしまった。
あの、看護師の山田さんと言ったか……彼女の死相が見えてしまったのだ。
私の能力について、ほとんど何も分かっていないのだが、ひとつだけはっきりしていることがある。
それは、死相が見えた人間は、一週間以内に死ぬという事だ。
彼女はまだ若い。
もう、初老の領域に片足を突っ込んでいる自分なんかよりもずっと価値のある命だ。
それが失われるという事実に、やり場のない怒りが込み上げてきた。
先ほど見た死の映像がフラッシュバックする。
彼女の死相は壮絶であった。
彼女は雨の中、歯をむき出しにして笑いながら死んでいた。
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