第12話 氷解 -エピローグ-

 薄荷色をした風が通りを抜けていく。


 ニット生地の隙間から秋の冷たさが染み込み、鳥肌がたった。


 羽織るものを一枚持って来ればよかったと後悔した。


「それにしても、詩織さんって頭良いのねえ。私すっかり感心しちゃった。すっかり謎が解けてしまったもの」


 隣を歩く虻川先生がつぶやく。


 私には、あの怪談の真相を暴いたことが良いことだったのか分からなかった。そもそも私が“謎が解けた”だなんて口を滑らせなければ、瀬戸さんの秘密が明るみに出ることはなかったのだ。もっと、ベストなタイミングがあったのではないか? そう自問していた。


「そんなことありませんよ。私はただの怪談好きの変人です。怪談のこととなると周りが見えなくなるのです。ですから、他人の踏み込まれたくない領域をこじ開けてしまうことがたまにあるのです。今回の事だって、果たして良いことだったのか、私には分からないのです」


 私は、三年前に関わった積み木遊びの怪談を思い出した。あの時も、私は余計なことをしたと後悔したのだ。


「大丈夫よ。物事には良い悪いに関わらず、進むべきタイミングというものがあるものよ。今回のことは、今日がそのタイミングだったのね。きっと」


 そう言われて、少しだけ心が軽くなった。


 私はどこか、虻川聖という人間に、母の面影を重ねていた。


 私は母の声を思い出す。優しく穏やかな性格にしては、意外にもはっきりとした声色で、凛とした張り詰めた雰囲気であったことを思い出す。


 頭がチクリと痛む。


 夢の中で聞く例の「本物の悪霊は血に憑く」という母の声が聞こえてくる。


 いや、待て。


 この声は母のものではない。母の声はこんな細く、不思議な響きではなかった。


 俄に心拍数が上昇する。


 誰なのだ! この声の主は。


「そういえば……」と言って、虻川さんが口を開く。


「詩織さんって、魅力的な声をしてるわよね?」

「それ、私も思ってました!」

「真琴ちゃんもそう思う? なんだか不思議な声色よね」


 霧の中から聞こえる……?


 バチンと頭の中の何かの回路が繋がる感覚がする。


 そして、私は思い出す。


 私だ。


 私が言ったのだ。


「本物の悪霊は血に憑く」と。


 そして、それを聞いた母は激しく動揺したのだ。


 その時、どこかで重い錠前が開く音がした。

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