pommade

pommade 2

 それはただの女だった。でも、僕にとっては特別な女だ。その女の唇は神様が創りたもうたのかと思うほど芸術的な形をしていたから。だから僕は彼女の唇にキスしたいと思った。それだけだ。


 ただ、女どもはみな、なぜか僕がキスしようとすると悲鳴を上げたり、殴りかかってきたりするので面倒だった。子供のころ、障子の穴から覗いた部屋の中で、姉が学生帽をかぶった良く知らない男とキスをしているところを見たことがある。姉は抵抗する素振りなどまったく見せず、それどころか自ら唇をその男に寄せているふうでもあった。だから、女はみな男にキスされるのは好ましいことだと思っているはずだ。それなのに、なぜか僕はだめだ。醜悪な見た目のせいなのか。はたまた僕の男としての機能がないからなのか。とにかく、僕がキスをしようとすると、女どもはみな激しく抵抗した。


 目の前の女もきっと抵抗するに違いない。そうなれば非常に面倒である。


 仕方ない。


 目の前を歩く女の首筋に逆手に握りこんだナイフを突き立てると女は膝からぐちゃりと崩れ落ちた。


 女は死にぎわに僕を見つめる。その瞳には疑問符が浮かんでいるようだった。


「仕方がないじゃないか。僕は君にキスがしたかったのだから」

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怪談蒐集家 城ヶ崎詩織は夜に行く 肉級 @nikukyunoaida

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