幸せの赤い糸

第21話 幸せの赤い糸 -胎動-

作者より


 皆様、ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


 本章をお読みいただく前に注意事項がございます。

 このお話には、性暴力を想起させる描写がございます。もちろん直接的な表現はございません。(性描写ありのタグはこの章のためです)

 ただし、そういった表現が苦手な方もいらっしゃると存じますので、注意書きをさせていただきました。

 苦手な方は、この章を飛ばしていただいて結構です。


 それでは、前置きが長くなりましたが、引き続きお楽しみください。



 東京近郊 K市 西K駅構内


 秋も徐々に深まり、葉が色づきだす十月の初め、早朝のホームに制服姿の女学生が二人並んで電車を待っていた。


 朝特有の眠たい空気が充満しており、まだ街は眠っているようだった。


 土曜日のため、ホームは閑散としていて、盲導鈴の間伸びした「ぴーんぽーん」というチャイムだけが響いている。


 長かった残暑もだいぶ落ち着き、今朝は秋らしく、少し肌寒かった。


 カイロ代りなのか、二人はホーム上のコーヒースタンドで購入したホットコーヒーを両手にもつ。二人の間にしばらく会話は無かった。


 一人の少女が眠たそうに口を開く。


「来週から、中間テストだね」


 もう一人の少女は何も答えず、じっとホットコーヒーの飲み口を見つめている。


「朝帰り、私初めてしちゃった。怒られるかな?」

「昨日の夜から、馬鹿みたいに着信入ってた。面倒だからもう、電源切っちゃった」

「うわぁ、絶対怒ってるよ。それ」

「だろうね。心愛ここあは?」


 心愛と呼ばれた女生徒は、肩掛けの学生鞄から携帯を取り出し確認する。


 一瞬、なにかを期待するような顔色が浮かぶが、すぐに諦めの表情に変わる。


「うちには何の連絡も入ってないや。ママ、またアイツの家行ってるわ。でも、うちと違って、智沙ちさは大切にされてますねぇ」


 心愛は自虐的に揶揄う。智沙は、そんな心愛に慣れているのか、特に動揺した様子もなく、ただ、黙っていた。


「中間テスト……」


 智沙がつぶやく。

「え?」

「中間テスト、心愛は勉強してるの?」


 心愛は、意外そうな顔をしながら答える。


「まぁ、ちょっとだけね。家で一人でいるとやる事ないしね。智沙は?」

「やってるよ。今回、範囲広いし」

「そっか」


 それを境に再び沈黙が流れ、しばらく2人は無言でコーヒーを飲んでいた。


 心愛がコーヒーを飲み干すと、智沙は空の紙コップを受け取り、コーヒースタンドに設置されたゴミ箱に捨てに行く。


 戻ってきた智沙が、再び心愛の隣に立つと同時に、列車の進入を知らせるアナウンスが流れた。


「電車来たね」


 心愛が声をかけるが、智沙はなにも答えない。


 心愛は沈痛な面持ちになって、俯きながらつぶやく。


「ねぇ? 何でこんな世の中なのかな。これって、そんなおかしな事なの?」

「おかしくないよ」


 黙っていた智沙が答える。その声には怒りと悲しみが混じっていた。


「もう、かえろう?」


 そう言いながら、智沙は、一歩前に踏み出し、振り向いて右手を差し出す。


 心愛はその手を取ると、小さく頷いた。


 二人は手を繋いで点字ブロックの辺りまで進むと、そのまま、通過電車に飛び込んだ。


 跳躍の瞬間に振り上げられた二人の繋がれた腕には、ミサンガだろうか、赤い紐のようなものが巻き付いていた。それが空中で一瞬交わり、八の字を描く。


 まるで、一本の紐で二人の腕が結ばれているようだった。

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