第38話 怪談殺し -祓え 二の幕-

 城ヶ崎さんを見送った後、捜査会議に出席する。


 死体と失踪者は増えたものの、目新しい新情報はなく、捜査は相変わらず、霧の中だった。


 先ほど、彼女が言っていた、法則性について、報告してみるか……そう思って、手を挙げる。


 捜査本部長の飯塚が睨みつけてくる。


 またお前か、とでも言いたそうに、「なんだ」と低く唸る。


「先ほど、目撃者の聴取をしましたが、気になる事を言っていました」


 飯塚は、眉をピクリと動かす。


「おい。向井。お前が聴取したんだよな?」


 向井は、動揺しながら、「そうですけど……」と答えると、後ろを振り返り、恨みがましい目で見てきた。


 何も言わないが、「余計なことを言いやがって」と目が雄弁に語っていた。


「向井さんが退出された後に聞いた話です」


 そう答えると、飯塚は、怒りの表情を浮かべて、向井を一喝する。


「なんで、最後まで聴いてなかったんだ! 取調室から対象が出るまでが事情聴取だろうが!」


 向井は、「申し訳ありませんでした」と答える。


 飯塚はため息をつきながら、「それで? 彼女はなんと?」と聞いてきた。


 彼女が言っていた、顔を見たものが死体となって発見され、姿だけ見たものは失踪するのではないか……という法則性について報告する。


 飯塚は、説明が終わると、眉間に皺を寄せながら口を開く。


「法則性があると言い切るにはサンプルがが少なすぎるが、完全に否定できるわけでもないな。しかし、何故そんな面倒なことをする必要がある?」


 それは……と口を開くが、二の句が継げなかった。


「おい! 誰か、今の報告を聴いて、何か思い当たることがある者はいるか!」


 飯塚が捜査員全体に向けて、問いかける。


 きっと、くだらないと切り捨てられると思い込んでいたので、意外に思った。


 飯塚は、所轄への当たりが強いが、まるっきり、無視しているわけではないと感じる場面も多少あったし、意外と冷静に情報を取捨選択しているのかもしれない。


 飯塚の問いかけに答えるものは誰もいなかった。


 飯塚の"何のために面倒なことをするのか"という問いを考える。


 この事件は、今まで担当した事件と明らかに何かが違うと感じていた。


 それは何か……


 この事件を担当してから、ずっと、何かが引っかかっていた。


 なんだ? この、底冷えのするような薄気味悪さは……


 薄気味悪さ……?


「怪談だ…」


 つい口をついて出る。


「は?」


 飯塚が反応する。


「いや、この事件、なんだか怪談……つまり、“怖い話”みたいだなと思いまして……」

「怪談だと? お前もそんな非科学的なことを……」


 飯塚が苛立ちを募らせる。


 花山さんが密室で亡くなった件を受けて、一部の捜査員が冗談で、“幽霊の仕業なんじゃないか”と言い出し、それがたまたま飯塚の耳に入ってしまったことがある。


 その時、飯塚は泡を飛ばしながら激昂し、その捜査員は、担当を外されてしまった。


「いえ、違います! そういうことではなく、この犯人は、この事件をあえて怪談に見えるように演出しているのではないでしょうか?」


 飯塚の目から怒りがきえ、刑事の目になる。


「犯行現場に不審死があった場所を選択したり、わざわざ目立つ黄色いトレンチコートを着たり、今お話したような法則性があることも、“普通の事件”ととして捉えると、意味不明ですが、“怪談”として捉えると、な気がしませんか?」

「つまり、犯人は、怪談を再現している、または、怪談を作っている……」

「そうです」


 飯塚は、何かに納得したようだ。


「よし、その線で調べてみよう。向井と小坂は、この怪談に元ネタがないか調べてくれ! 他の捜査員は引き続き、この女の行方と失踪中の二人の行方を追ってくれ。分担は君たちに一任する。以上」


 捜査員たちは一斉に立ち上がり、動き出した。


 *

「伊丹さん!」


 デスクで昨晩の傷害事件、といっても酔っ払いの喧嘩だが……その報告書を書いていると、小坂がやってきた。


「どうした? 煙草か?」


 小坂は手を振り否定する。


「ちょっと、お話が……」


 何やら、内密に話たいことがあるといった雰囲気である。


「分かった」


 そう言って席をたつ。


 小坂についていき、誰もいない会議室に入る。


「どうした? あの事件、なんか進展があったのか?」

「ええ。ちょっと気になることがありまして……」


 そう言って、小坂は、この事件を怪談として見てみると不可解なことが腑に落ちること、そして、その線で調べてみることになったことを話して聞かせてくれた。


「次の犯行の場所になるかもしれないので、このK市周辺にある、曰く付きの場所、つまり心霊スポットを調べてみたんです。意外とあるんですね……びっくりしました。でも、調べてみると逆にあることが気になったんです」

「なんだ?」

「なぜ、犯行現場に、ってことです。だって、大学教授の山下さんは、研究室で殺されていましたし、失踪した小林さんが襲われたFの森公園は、いくら調べても心霊スポットじゃなかったんです。他に心霊スポットはいくつかあるのに……」


 確かにおかしい。


 自分の刑事としての勘も何かの“匂い”を感じ取っていた。


「それで、その場所が曰く付きとなったきっかけの事件を調べてみたんです、そしたら、ある人物が浮かんできたんですよ」

「なに!? 誰だ?」

「城ヶ崎 詩織ですよ。」


 頭を殴られたかのような衝撃。

 そんな……ばかな……


「いいですか、伊丹さん。彼女はね、女子高生が殺された、あの駐車場で亡くなっていた男性の第一発見者なんですよ」

「し、しかし……それだけじゃ、関係があるとは言い切れないじゃないか」

「まだあるんですよ。ほら、最初の目撃者の女性が殺された神社、あるじゃないですか? あそこでは男性の首無し死体が発見されているんですが、その男性はある事件の容疑者だったんですよ。女子高生監禁事件です。そして、その女子高生を救出したのが、城ヶ崎なんですよ」


 とても信じられなかった。


「公園の変死事件は?」

「それだけは、調べても城ヶ崎とのつながりは出てきませんでした。でも、一番最近の被害者は、彼女の店の常連客と従業員ですよ? 犯行現場の三つのうち、二つに関係していて、しかも被害者のうち彼女の関係者だなんて、偶然とは思えないですよ」


 ちがう……三人だ。


 あの、花山という女性も、彼女の店の常連客だと彼女は言っていた。


「花山は、彼女の店の常連だ」


 うまく発声できず、掠れたような声が出た。


「は!? それ、本当ですか!」

「ああ……」

「だとしたら、一件目以外、全ての事件に、なんらかの関係があるじゃないですか! 明らかに異常ですよ!」


 小坂の言うとおりだった。


 しかし、彼女が犯人だと、どうしても信じたくなかった。


「このことを他に知ってるのは?」

「伊丹さんだけです」

「報告するの、ちょっとだけ待ってくれないか……」


 小坂は驚愕の表情を浮かべる。


 到底容認できるような頼みではないことは分かっている。


 それでも、俺と娘を救ってくれたあの人を信じたかった。


 頭を下げる。


「……伊丹さん。分かりました。俺も事情聴取したんで分かります。あの人、本当に心を痛めていたと思います」

「すまない……ありがとう」


 小坂にもう一度頭を下げてから、急いで会議室を出る。


 そのまま、警察署を出て、近くの誰もいない小さな公園へと入る。


 携帯を取り出し、電話帳で「夜行」を検索する。


 営業時間外であるが、店にかかってきた電話は、彼女の携帯へと転送されるはずだ。


 発信ボタンを押そうとするも、まるで、自分の手ではなくなったかの様に、指を動かせない。


 彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。


 このまま、知らなかった事にして、署に戻るか?


 しかし、小坂を口止めしたところで、いずれ捜査の手が伸びるであろう。そうなれば、担当ではない俺は、永遠に彼女から本心を聞き出す機会を失うかもしれない。


 それだけは嫌だった。


 彼女が犯人だとしても、何故そんなことをしたのか、彼女から直接聞きたかった。


 通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てる。


 呼び出し音と共に、心臓が早鐘のように鳴るのが聞こえる。


 永遠に続くかと思われるほど、長い待機時間の後、電話が通じる。


『はい。夜行です』


 彼女の声を聞いた瞬間、心臓が口から飛び出るほどに緊張し、十二月だというのに、手から汗が滲み出す。


「ああ、マスター。伊丹です」


 電話の向こうから、小さく息を呑む声が聞こえた。


 何か予感があったのかもしれない。


「城ヶ崎さん。正直に答えてください。Y寺児童遊園地の婆さんの事件、あんた、何にも関係してないよな?」


 事情も説明せず、出し抜けに尋ねてしまった。


 順序立てて話をするために、慌てて、頭を整理する。


「ああ……つまりだな、ええっと……」


 まだ、頭の中は、まとまっていなかったが、時間が惜しく、話を始めようとした時だった。


『被害者のご婦人とは、生前にお会いしたことがあります』


 そう、彼女は答えた。


「なん……だって……」


 思考が停止する。


『ある、積み木にまつわる怪談を調べているときに、知り合ったのです』


 彼女は、一件目の事件にも、関係していたのだ。つまり、今回の黄色いトレンチコートの女の事件、全てに彼女は何らかの形で関係しているのだ。


「あんた、まさか……嘘だと言ってくれ……」


 とても信じたくなかった。


『伊丹さん』


 彼女が静かに語りかける。


 喉の奥が、乾いて張り付き、声が出せない。


『全てお話しします。その代わり、私のお願いを聞いてもらえないでしょうか』


 あの、霧の中から響くような、声が聞こえた。

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