第16話 積み木遊び -解 二の幕-
ここは東京近郊K市にあるBAR「夜行」
相変わらず、この漆黒の扉を開けるのには、心の準備がいる。
しかし、今日は話題に事欠かないため、多少は気楽である。
あの、積み木の件に進展があったのである。
真鍮製のノブを握り、力を込める。
まるで異界へ入り口が開くかのように、漆黒の扉はゆっくりと開いた。
「それじゃあ、積み木の持ち主は、見つかったのね?」
「そうなんです。先々週の水曜日のことなんですが、バイト先の保育園に、預かっている積み木を取りにきた女性がいたそうです。なんでも、お子さんの忘れ物だとか」
席について、いつ話しかけるか機会を窺うものの、なかなかタイミングがなく、3杯目となってようやく、話しかける事ができたのだった。
「でも、それって変じゃないか? だって、夜中から早朝にかけて積み木は積まれるんだろ? そんな時間に子供を遊ばせるかなぁ」
立ち聞きしていた小林が疑問を口にする。
「それは、僕も思った。でも、その女性に対応した保母さん曰く、嘘をついているように見えなかったっていうし、何より、その人に返却した日から、積み木が積まれる事は無くなったんだよ」
ちらりと、詩織さんの方を盗み見る。
詩織さんは、顎に手をあて、何かを考えている様子だ。
「何にせよ、この怪談? じゃないか……不思議な現象はこれでお終いって事なのかな?」
小林が勝手に終息宣言をする。
僕としては、もう少し詩織さんの気をひきたいところだが、しかし、積み木を返却してからというものの、現象はピタリと止んだわけで、悔しいが、そうなのだろうと思う。
「まぁ、そうなるのかな……。なんで、積み木を積んでいたのかって疑問は残るけれど」
何かを考えていた詩織さんは、それを聞くと、小さくつぶやいた。
「本当に終わったのかな?」
「え?」
僕と小林が同時に聞き返す。
「それから、そもそも、積み木を積む事が目的だったのかな?」
「どういう事ですか?」
本当に意味がわからず、聞き返す。
「積み木を積むのはあくまで手段で、目的は別にあったんじゃないかしら。一見、公園に積み木という異色な取り合わせだから、積み木が積まれている事自体に、何か重要な意味があると思いがちだけれど、この二つのキーワードって、実はすごく単純な共通項があるの」
「何ですか?」
正直、わくわくしていた。
この話はまだ続いているのか?
「それは、どちらも、"遊び"に関係しているという事。だから、"公園で積み木を積んでいる"のではなくて、"公園で積み木遊びをしている"という事なんじゃないかしら」
正直、どちらも同じような気がした。
「それって何が違うんですか?」
小林がすかさず質問する。
「つまり、ただ遊んでいるだけなんじゃないかな? たまたま、遊びの内容が積み木遊びだったというだけで、遊びの内容は何でもいいんじゃないかしら」
なるほど。確かに、シンプルに考えればそのとおりである。
夜中から明け方にかけてという非常識な時間帯に発生しているという前提条件と、積み木は室内遊びであるという先入観によって、いつのまにか、"夜中に公園で積み木が積まれている"という現象のみに焦点がいき、この現象には何か特別なメッセージがあると勝手に思い込んでいた。
案外、怪談が生まれる瞬間というのは、こういうものなのかも知れない。
その考えを読み取ったかのように、詩織さんは続ける。
「実はすごく単純な現象なのに、前提条件や、先入観によって、不思議な現象だと誤認されて、怪談が発生するって事はたまにあるの。例えば、ある男性が路地裏に入っていく。その後を追うと、男性はどこかに消えてしまっていた……なんて話は、よく怪談で聞くと思うけれど、真相は至極単純かも知れない」
「その、真相っていうのは……」
とても気になる。
男が突然消えるなんてあり得ないと思うのだが。
それはね、と詩織さんは可笑しそうに笑いながら続ける。
「消えた男は、ただ、路地裏に面した裏口から建物に入っただけ、だったり?」
「そんな、単純な事なんですか!?」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、つい、大きな声を出してしまう。
「例えば、その男を南くんが尾行していたとするじゃない? すると、自然と、その男にはどこか目的地があるのだと考える。人間はね、面白いことに、"目的地がどこか"ではなく、"そこへ向かう目的"の方ばかりを考えるのよ。この男は、飲みに行くのかも知れない、怪しい取引に行くのかも知れない、不倫相手と落ち合うのかも知れない……というように。そして、目的がはっきりすれば、自ずとそれに適した目的地がイメージされる。飲みに行くのであれば飲食店、怪しい取引ならば人目のつかない倉庫や車の中、不倫相手に会うのなら、ラブホテルや喫茶店といった感じね」
詩織さんの口からラブホテルという単語が飛び出した事に一瞬動揺してしまう。それが無性に恥ずかしく、もぞもぞと椅子の上で居住まいを正した。
「"路地裏の入り口から建物に入る"という行動は、その目的を具体的にイメージし辛いでしょう? イメージし辛いと言うより、ありとあらゆる可能性があって、特定の目的と紐付き辛いといった方が正しいかな? つまり、尾行している側からしたら、路地裏の入り口から建物に入るということは、予想外の行動になる」
「だから、その可能性自体に気がつかない」
小林が言葉を続ける。
「そのとおり! 面白いと思わない? こんなに簡単な真実なのに、人間の脳は、人智をこえた超常現象にカテゴライズしてしまうの。人間の認知機能って不思議だし、なんて適当なのかしら。これだから、怪談を調べるのってやめられないの」
詩織さんは、うっとりした顔でそう言う。
その顔が、とても艶っぽく、思わず見惚れてしまう。
「じゃあ、すべての怪談って、やっぱり人間の脳の勘違いで生まれるものなんですかね? 今回のことも含めて……」
僕が、そう聞くと、詩織さんは怪しく笑って言った。
「そうとは限らないのよ。私はね、今回の怪談は、なんだか本物の気がするの。ただの勘だけれどね」
"本物"
詩織さんは、確かにそう言った。
それは、つまり……
背筋がぞわりとした。
「随分と話が脱線してしまったけれど、何が言いたいかっていうと、今回の現象は、"積み木"に囚われ過ぎずに、もっとシンプルに、"誰かが夜中にあの公園で遊んでいる"と捉えた方が良いんじゃないかって思うの」
だとすると、確かにこれで終わりではないのかも知れない。
でも--
「でも、だとしたら、なんで夜中なんかに公園で遊んでるんですか? しかも、遊び方は明らかに小さい子供のそれですよね?」
小林が質問する。
この男は、いつも、聞いてほしいことを聞いてほしいタイミングで聞いてくれるなと、少し感心する。
「それは分からないわ。でもね、だからこそ、この怪談は怖いんじゃない」
詩織さんは、こともなげに言い切る。
一瞬の静寂。
僕は、真夜中の公園で、得体の知れない何者かが遊んでいるところを想像する。
その姿も、目的も分からない。
怖い。
初めて自分がとんでもなく恐ろしいものに巻き込まれているのではないかと言う感覚に陥る。
「ちなみにね、約一年前、あの公園の近くでね、当時五歳の男の子が交通事故で亡くなってるのよ」
詩織さんは、霧の中から響く様な、それでいてはっきりと聞こえる不思議な声色で言った。
先程、想像していた、得体の知れない何かが形を得て、5歳の男の子の姿へと変わる。
あそこに居るのか。
夜な夜な、1人で遊んでいるのか。
その子が抱える想いを想像する。
悔しさか。
それとも生きている子供たちへの怒りか。
あの日見た、砂場にぽつんと積み上げられた積み木を思い出す。
そして、それを1人黙々と積み上げる男の子の姿を想像した。
これは、この気持ちは--
「寂しい」
詩織さんと小林が驚いたようにこちらを見る。
どうやら口に出してしまっていたようだ。
「あ、ごめんなさい。口に出てました?」
恥ずかしくなって、小さな声で聞く。
「南くん。優しいのね」
詩織さんは、優しい声でそういった。
その言葉の真意が分からず、咄嗟に小林を見た。
小林は、悲しいような、憐れんでいるような、なんとも言えない顔をして言った。
「お前、泣いてるぞ」
慌てて、自分の頬に、手を当てる。
冷たい、涙の感触があった。
「ごめんなさい。ちょっと飲み過ぎてしまったみたいです」
急いで、お絞りで顔を拭く。
詩織さんも小林も何も言わずにいてくれた。
しばらくすると、落ち着きを取り戻せた。
取り繕うように、明るい声色で話を戻す。
「でも、事故があったなんて、知らなかったな。詩織さんが調べたんですか?」
「ええ。実際に公園を見てみようと思って行ってみたの。そしたら、砂場の近くの丁字路にお花がお供えしてあるのを見つけてね。図書館で調べたら、地方紙に事故のことが書いてあったの。それによれば、以前は公園には柵が無くて、生垣だけだったんですって。その子は、親御さんが目を離したすきに、生垣を越えて道路に飛び出し、車と衝突したそうよ。それで、その事故があってからすぐ、金網のフェンスが設置されたみたい」
「ああ、なるほど。それでか……。いや、うちの保育園、元々は別の公園に遊びに行ってたんです。その公園は保育園から結構距離があって、不便だったんです。そんな折、近くの公園にフェンスが新設されて安全になったからって、今の公園に切り替えたんです」
「そうだったの。ちなみに、積み木遊びが始まったのって、いつごろなの?」
「確か、三ヶ月前くらいだったと思います」
そう答えると同時に、ある事に気がつく。
事故は一年前らしいが、この現象は三ヶ月前からで、時期がズレている。
「あれ、でも、事故は一年前なんですよね? なんか、時期がズレてません?」
すると、詩織さんは少し考えた後、こう続けた。
「本当に時期がズレているのかな?」
「え? でも、事故があったのは一年前で間違いないんですよね? 積み木が積まれるようになった時期は、三ヶ月前で間違いないですよ?」
「それは、そうなんだけれどね。その亡くなった男の子だけが、この現象の原因じゃないかも……」
何か"しまった"というような顔をして、言葉を区切る。
「どうしたんですか? 何か気になることでも?」
詩織さんは、じっと僕を見つめ、言うべきかどうか考えているようだった。
「この考えは、単なる憶測だし、それに、あまり怖がらせたくないの」
そこまで、言われたら気になる。
「気になりますよ。それに、万が一園児たちに影響があるような事なら、知っておくべきだと思いますし」
「詩織さん! 俺も気になりますよ」
怖い話が苦手なはずの小林も消化不良のようで、知りたそうである。
ここで話をやめられたら、かえって怖いのかも知れない。
詩織さんは、少し悩むような仕草をした後、これは、本当に思いつきなようなものだからと前置きをした上で話し始める。
「その積み木には持ち主がいた。つまり、確実に、誰かが、その持ち主の家から積み木を持ち出しているということよね? もちろん、亡くなった子の幽霊の仕業という可能性もあるけれど、そうじゃない可能性もあるわ」
「それって、どういう……」
「三ヶ月前から、誰かが一緒に遊ぶようになったと考えられないかしら。そして、その誰かが積み木を持ってきていたのだとしたら?」
はっとする。
そうか、1人で遊んでいるとは限らないのか。
「でも、だとしたら、呼ばれているわね。その人。」
詩織さんは静かにそういった。
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