風の戦闘機隊

蒼 飛雲

風の戦闘機隊

風の戦闘機

第1話 烈風と強風

 四二リットルの大排気量発動機「火星」がもたらす膨大なトルクが機体をぐんぐん前に引っ張る。

 その巨体とは裏腹に運動性能は意外に悪くない。

 後方をちらりと振り返ると列機の武藤金良一飛曹がいつもの位置につけている。

 俺の機体との距離、高度差ともにいつものそれと同じ。

 大雨だろうが強風下だろうが、彼が保つその間合いは一切変わることはない。

 わが部下ながら恐ろしい技量だ。


 その列機の神業にぶるっていたら、前方に空母「飛龍」が見えてきた。

 個人的には視線移動に慣れない左艦橋は好きではないが、軍人がやたらと好き嫌いを口にするものではないし、まして俺は士官だ。

 男は黙って着艦だ。

 武藤一飛曹に手信号で着艦の合図を送り、俺は降下を始める。

 大直径発動機の火星を搭載する俺の相棒の頭はとってもでかい。

 要するに前方視界がものすごく悪い。

 だから、少し伸びあがって「飛龍」の飛行甲板を見据える。

 降着速度も九六艦戦のそれとは違ってメチャクチャ速い。

 それゆえに着艦の難易度は九六艦戦の比ではない。

 しかし、それも俺にとってはどうということはない。

 艦尾をかわり「飛龍」に着艦。

 見事に三番索を引っ掛ける。

 着艦技量だけは素晴らしいと褒められる(泣)俺の唯一の見せ場だ。


 続けて武藤一飛曹も着艦態勢に入った。

 彼については見なくても分かる。

 俺と同じく軽々と三番索をつかむだろう。

 彼は俺なんかと違って空戦技量も海軍中でトップクラスだ。

 他の連中からは頼りがいのあるいい部下を得たなどとうらやましがられるが、出来のいい部下を持つ不出来な上司の気持ちとしては少々複雑だ。




 その俺と武藤一飛曹が操る機体は「零式艦上戦闘攻撃機二一型」と呼ばれ、「烈風」という二つ名を持つ。

 本来なら言葉短縮好きの帝国海軍なのだから、零戦と呼ばれていいはずなのだが、今では烈風という呼び名が定着していた。

 一説によれば、帝国海軍では戦闘機の制式名称を数字から事物、具体的には「風」に変えることを検討しており、その関係者の一人がフライング気味に烈風という名前を広めてしまったことがその発端だと言われているが、真偽のほどは分からない。

 まあ、名よりも実を重視する俺としては零戦でも烈風でもどちらでも構わないのだが。


 その烈風は前世代の九六艦戦に比べて、おおざっぱに言えば翼幅が二割、全長に至ってはなんと四割も増えているお化け戦闘機だ。

 全長一〇・五メートル、全幅一三・五メートルのそれは、体感的には九六艦戦の倍になった印象だが、これでさえ設計当初よりコンパクトになったというんだから恐れ入る。

 重量も九六艦戦の一トン半から三トンと倍増している。

 その重い機体を引っ張るのは大直径大排気量の火星発動機だ。

 出力は九六艦戦の寿四一型に比べて二倍半近い一五〇〇馬力を叩きだし、五六〇キロの最高速度を烈風に与える。

 これは九六艦戦よりも一〇〇キロ以上も速い。

 だが、これは後で聞いた話だが、航空本部の上層部では実は烈風には六〇〇キロ以上の最高速度を期待していたらしい。

 そのために少なくない関係者や搭乗員らが反対する中で大直径大出力の火星発動機を選んだのだという。


 実はもうひとつ、上層部としては本当は金星発動機の一八気筒版が本命だったらしい。

 しかし、その金星一八気筒版の開発は思いのほか難航しているため、その保険として同時開発を進めていた火星発動機が次善の策として選ばれたのだそうだ。

 だが、その火星発動機をもってしても重く大きな烈風を六〇〇キロ以上の高みに導くには力不足で、今後は火星発動機の出力向上を図りつつ、金星発動機の一八気筒版の実用化を急ぐという。

 肝心の武装は九六艦戦に比べてはるかに強化されており、七・七ミリ機銃二丁に加え、二〇ミリ機銃が二丁の重武装だ。

 将来的には二〇ミリ機銃四丁、あるいは二〇ミリ機銃二丁に一三ミリ機銃二丁にするなど、最適な武装を試行錯誤中なんだそうだ。


 そして、なにより九六艦戦と比べて変わったのは、烈風には雷撃能力が付与されたということだ。

 これは、烈風が九七艦攻とたいして変わらないサイズなのを見たどこかのアホの思いつきなんだそうで、試しに陸上で演習用の魚雷を使って実験してみたところ、九七艦攻よりも滑走距離を必要とはするが、可能だということが分かったらしい。

 なんでも「兼ねる」ことが好きな帝国海軍はこの話に飛びついた。

 それと、確実な話ではないのだが、ドイツの戦闘機や米国の次期艦上戦闘機にも魚雷の運搬やあるいは雷撃が可能な機体が計画されているとの情報もこのことを後押ししたという。

 どうも日本人というやつらは他人がやっているなら自分もやらないと不安になる民族らしい。


 そのうえ、さらに調子に乗ったそのアホは急降下爆撃能力も付与しようとしたらしい。

 だが、これはその装備に加え、なにより機体そのものの強化が必要で、そのことによる重量増が半端無く、結局そちらの方は沙汰止みになったとのことだ。

 それでも、そのアホはあきらめきれなかったのか、緩降下爆撃は可能になるようにと、翼下のハードポイントの強化をはじめとした戦闘機乗りにとっては単に嫌がらせとしか思えない重量増を伴う装備を烈風に施した。

 そのことで、烈風は胴体下に八〇番一発乃至は二五番二発、六番だと胴体下に六発と両翼下にそれぞれ二発の計一〇発が搭載できるようになった。

 また、大飯食らいの火星発動機の悪燃費に対応するため、烈風は胴体下と両翼にそれぞれ二〇〇リットル増槽を装備することができ、胴体下は三三〇リットルのそれも可能だという。


 さらに、適当な艦上偵察機を持たない帝国海軍はこの烈風の高速性能に目を付けた。

 烈風を複座化すれば高速艦偵の一丁あがりということらしい。

 思いつきもいいところだが、技術者たちはそのお手軽すぎる海軍の要求を実現してしまった。

 その機体は「一式艦上複座戦闘偵察攻撃機」という長ったらしい名称を与えられ、今では「強風」という通り名が一般的となっている。

 強風はベースとなった烈風に比べて空気抵抗と重量増で最高速度が五二〇キロにまで低下したが、それでも九七艦攻や九九艦爆に比べてはるかに優速なこと、それに艦攻としても使えることから実質的に九七艦攻や九七艦偵の後継機となった。

 このため、強風にはおもに艦攻から機種転換してきた者が配属されている。


 そして、これは最近決定した話らしいのだが、近日中に九九艦爆が全空母から降ろされるという。

 これは近年、艦艇において機銃や機関砲の増備が著しく、敵艦上方数百メートルにまで肉薄する九九艦爆は、その投弾前に被弾する確率が高く、機体と搭乗員の損耗が極めて深刻化することが確実だと見込まれることが主な理由らしい。

 となると、空母はすべて烈風とその眷属である強風の二機種が占めることになる。

 つまり空母の艦上機は全機が戦闘機であり攻撃機でもあるということだ。


 このことは今後、海軍戦略に少なくない影響を与えることになるのだが、一下級士官にしかすぎない俺はまだそのことを知らなかった。

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