第23話 万能機と搭乗員

 第二次攻撃隊が米空母部隊上空に到達するまでに、F4Fワイルドキャット戦闘機による妨害はほとんど無かったという。

 第一次攻撃隊の烈風による戦闘機掃討によって米直掩隊はすでに壊滅的ダメージを被っていたからだ。


 第二次攻撃隊に参加している強風隊の攻撃手順はウェーク島沖海戦と同じだった。

 緩降下爆撃とそれにつづく雷撃。

 ただし、緩降下爆撃のほうはこれまでの四〇〇メートル以下だった爆弾投下高度を最低でも六〇〇メートル以上としていた。

 本来であれば、緩降下爆撃による投下高度は低い方が命中率は高くなる。

 しかし、急降下爆撃に比べて敵艦上空を高速で航過できるはずの緩降下爆撃でさえウェーク島沖海戦では少なくない機体が機関砲弾や機銃弾に絡めとられてしまった。

 このことから、命中率の低下を忍んででも投下高度を上げざるを得なかったのだ。

 肉薄攻撃を好む海軍高官が危機感を覚えるほどにウェーク島沖海戦での搭乗員の損耗は深刻だった。


 その爆装強風が輪形陣を形成する巡洋艦や駆逐艦を爆撃、その際に生じた綻びをついて雷装強風が一気に空母に肉薄、雷撃を敢行した。

 第一六任務部隊の空母「ホーネット」と「ワスプ」を雷撃した「飛龍」ならびに「蒼龍」雷撃隊はそれぞれ二本の魚雷を二隻の空母に命中させた。

 この結果、防御力の弱い「ワスプ」は傾斜と速度低下によって離発着機能を喪失し、「ホーネット」もまた極めてそれが困難な状況に陥った。


 一方、第一七任務部隊の空母「ヨークタウン」と「レンジャー」を攻撃した「翔鶴」ならびに「瑞鶴」雷撃隊は「ヨークタウン」に一本、「レンジャー」に二本を命中させた。

 このことで「ヨークタウン」は隔壁の構造強度の問題から二〇ノット以上の速度を出せなくなり、防御力がほとんど無い「レンジャー」は洋上停止かと見紛うほどにその速力を衰えさせていた。

 しかし、大戦果の一方で損害も大きく、強風隊は二割を超える未帰還機を出した。




 第二次攻撃隊が米空母部隊を攻撃していたのと同時刻、第一艦隊の空母群もまた二〇〇機近い米艦上機の猛攻を受けていた。

 狙われたのはもっぱら乙部隊の方だった。

 乙部隊の上空にあった四八機の烈風は四倍あまりの米攻撃隊に対して果敢に迎撃戦を展開、ウェーク島沖海戦の反省を生かして中高空に四個小隊を配し、敵急降下爆撃機の奇襲にそなえた。

 烈風隊の活躍はめざましく、米攻撃隊の半数近くを撃墜。

 また、急降下爆撃機や雷撃機に狙われた四隻の空母艦長らも神業と見紛うばかりの操艦の冴えをみせ、敵の雷撃機が放ったすべての魚雷の回避に成功した。

 それでも、やはり数の差は大きく、手練れが駆る烈風隊といえども完璧に米艦上機の攻撃から空母を守り切ることはかなわなかった。

 烈風の防衛網の突破に成功した五〇機あまりの急降下爆撃機は分散して乙部隊のすべての空母を攻撃、その結果「飛龍」が二発を食らって飛行甲板を破壊され、四発もの一〇〇〇ポンド爆弾を浴びた「蒼龍」は炎上する。

 また「瑞鳳」が艦首飛行甲板に一発を被弾して発艦不能に陥り、三発を被弾した「祥鳳」は猛煙に包まれた。




 俺の右斜め前方には強風の機影があった。

 そして、さらにその機体の右斜め後ろには武藤一飛曹の烈風がある。

 俺と武藤一飛曹は強風を嚮導機とした三機編隊を組んでいた。

 同じような編隊が他にあと五つあった。

 そのすべての機体が航空魚雷を装備している。

 重い魚雷を抱えて運動性能ガタ落ちの俺たち、だがその少し高空には烈風二個小隊が心強い用心棒として同道してくれている。


 第三次攻撃隊は第一次攻撃隊と第二次攻撃隊に参加した機体の中で即時再使用が可能なもので編成しており、「翔鶴」と「瑞鶴」からそれぞれ烈風二〇機ならびに強風六機の合わせて五二機からなる。

 さらに第四次攻撃隊として四六機が第三次攻撃隊の後を追うようにして、「翔鶴」と「瑞鶴」から発進している。


 第三次攻撃隊と第四次攻撃隊は「翔鶴」や「瑞鶴」のものだけでなく、母艦を傷つけられ甲部隊の空母に着艦せざるを得なかった「蒼龍」や「飛龍」といった乙部隊の機体も多数含まれていた。

 このうち、第三次攻撃隊は一二機の強風と二四機の烈風が魚雷を装備し、残る一六機の烈風は護衛として魚雷を抱えた強風や烈風をエスコートする。

 本来なら雷撃は複座で元艦攻乗りや元艦爆乗りといった機種転換組が多い強風が望ましいのだが、その強風は第二次攻撃の際の被弾によって使用可能機が激減していた。

 このため、可動機が少なくなった強風が嚮導機となり、それなりに数がそろえられる烈風とともに雷撃を敢行する手はずだった。


 第三次攻撃隊に参加した俺は、すでにウェーク島沖海戦で雷撃を経験していた。

 それでも、やはり慣れるというようなことはない。

 俺は根っからの戦闘機乗りなのだ。

 その俺の眼前に敵空母が迫ってくる。

 艦橋と煙突が一体化していることから、それが「ヨークタウン」級かあるいは「ワスプ」であることは分かった。

 敵空母の艦影が大きくなるにしたがって敵の対空砲火が激しさをます。

 火箭の数が半端無い。

 すさまじいまでの投射量だ。


 だが、第二次攻撃隊の強風によって被雷したせいなのか、狙いに若干のずれが見られた。

 航空無線に強風搭乗員の「用意」という声が流れてくる。

 俺は投下レバーに手をかける。

 ただでさえ超低空飛行を強いられ眼下に迫りくる海面にびびりながら操縦しているっていうのに、これに投雷のタイミングまで気を遣わないといけないんだからほとんど罰ゲームの世界だ。


 「撃てっ!」


 強風搭乗員のまるで怒鳴り声のような指示を耳にした瞬間、俺は魚雷を投下した。

 後はもう一目散に逃げるだけだ。

 そう思っていたら、俺たちをここまで導いてくれた強風が突然爆発した。

 魚雷を投下した際、機体がわずかに浮き上がって、そこを敵の対空砲火にやられたのかもしれない。

 いくら防弾装備を施している強風といえども、大口径の艦載機銃や機関砲の弾をしかもカウンターでまともに食らってはまず助からない。

 機体をひねって離脱をはかる俺の烈風にも敵の火箭が追いかけてくる。

 胴体や翼に衝撃を受けたものの、何とか俺は敵対空火器の有効射程圏から逃れ、集合地点に向かった。


 俺はそこで列機の機体を見て驚いた。

 武藤一飛曹も岩本一飛曹も、それに西沢二飛曹も被弾痕をそれぞれの愛機に刻みつけていたのだ。

 連中は敵戦闘機との空中戦ではまず被弾することは無い。

 今回はたまたま俺たち全員が幸運だったというだけで、実際のところ少し間が悪ければ敵の対空砲火によって全員が戦死していた可能性もあった。

 俺は考えずにはいられなかった。

 敵空母にとどめを刺すことが大切だということは理解している。

 だが、俺の列機のような空戦の達人たちを対空砲火の中に飛び込ませてまで雷撃をさせるという戦術が果たして正しいのかどうか。

 上層部からみれば空戦も雷撃もできる機体は便利なことこのうえないだろう。

 空戦も雷撃もこなせる搭乗員は心強い限りだろう。

 だが、それも数がそろっていればの話だ。

 機体はなんとかなるかもしれないが、搭乗員のほうはそうはいかない。

 現状、母艦航空隊の搭乗員の層は紙よりも薄いのだから。

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