第24話 突撃の司令長官

 常識的な提督であれば味方の戦艦が三隻で逆に敵のそれが五隻だった場合、よほどの理由が無い限りは戦いを避けるだろう。

 ランチェスターの法則を持ち出すまでもないし、それが常識的な判断というものだ。

 まあ、ハンモックナンバーど真ん中の俺が艦隊司令長官になどなれるわけが無いことは分かっているが、それでももし俺が仮に戦艦部隊の指揮を執っていたとしたならば間違いなく逃げるはずだ。

 だが、第二艦隊旗艦「大和」に座乗する司令長官殿は違ったらしい。


 第二艦隊司令長官は、開戦当初は第四航空戦隊司令官として南方作戦に従事、平時とはうってかわって腰の引けた将官連中が多い中でその勇猛果敢な指揮ぶりは帝国海軍中に轟いていた。

 そのことで、連合艦隊司令長官は本来であればこの秋に予定されていた彼の中将への昇進を繰り上げ、そのうえで第二艦隊司令長官に据えるよう海軍省人事局に申し入れたのだそうだ。

 年功序列人事を墨守してきた海軍省ではあるものの、だがしかしウェーク島沖海戦で少なくない将官が死傷しポストに空きがあったこと、さらに戦時でもあることからこれを承認、異例の大抜擢となった。


 その彼の就任は第二艦隊将兵からは大歓迎された。

 誰だって怯将の命令をきくくらいだったら、多少過激でも猛将とともに戦う方がまだ納得ができる。

 一方、第二艦隊司令長官となった彼自身にとっても、これまでの不慣れな航空戦の指揮から解放されるうえに、本職である鉄砲屋として最高のポジションともいえる水上打撃部隊、それも今では唯一戦艦を有する第二艦隊の司令長官職というポストは願ってもないことだった。


 そして今、彼の手元には慣熟訓練を終えてさほど間が無いピカピカの最新鋭戦艦「大和」がある。

 第二艦隊司令長官としては、本音を言えばあと一カ月ほど訓練期間が欲しかったところだが、だがしかし米軍は待ってはくれない。

 それでも勝機ならあった。

 米軍の五隻の戦艦はいずれも旧式でしかも主砲は三六センチ砲だ。

 決戦砲戦距離においては自艦が放つ四六センチ砲弾にすら耐えることが出来る分厚い装甲を持つ「大和」であれば、よほどの至近距離かあるいは大遠距離でもない限りバイタルパートを撃ち抜かれる心配はない。

 ただ、それでも廃艦所要弾数という概念を信じるのであれば、三六センチ砲弾を多数浴びればさすがの「大和」もおしゃかになるのは必定だった。

 だから一気に四六センチ砲の必中距離に肉薄して短時間のうちに勝負をつける必要があった。

 なにせ、こちらは「金剛」と「榛名」を勘定に入れても二五門、一方の太平洋艦隊のそれは二倍以上の五六門にも及ぶ。

 それに、元が巡洋戦艦の「金剛」と「榛名」は脚こそ速いものの、一方で防御力は並以下でしかない。

 逆に米側は五六門のうちの三六門までが威力の大きな長砲身三六センチ砲であり、これを食らえば「金剛」や「榛名」の装甲はかなりの確率で撃ち抜かれてしまう。

 実際、ウェーク島沖海戦に参加した姉妹艦の「比叡」と「霧島」はその防御力の低さがたたって失われてしまったのだ。

 それに、ウェーク島沖海戦における彼我の命中率を考えれば、ダラダラと撃ち合うような戦いとなれば第二艦隊側に勝機はほとんど無い。

 だからこそ、勝負を急ぐ必要があった。




 先に行われた洋上航空戦において、第一艦隊は「ヨークタウン」と「ホーネット」、それに「ワスプ」と「レンジャー」を撃沈する一方で、「蒼龍」と「祥鳳」が致命的な打撃を被り「飛龍」と「瑞鳳」もまた深手を負った。

 日米双方の機動部隊がともに大損害を被ってグロッキー状態になったことを知った第二艦隊司令長官は艦隊速度を二四ノットに上げ、米戦艦部隊に向けて突撃を開始した。


 米戦艦部隊の戦力はすでに分かっていた。

 「ニューメキシコ」級戦艦が三隻に「ニューヨーク」級戦艦が二隻。

 さらに重巡乃至大型軽巡が四隻にやや小ぶりの軽巡が二隻。

 そして駆逐艦が一六隻。

 一方こちらは戦艦「大和」のほかには「金剛」と「榛名」、それに四隻の「妙高」型重巡に重雷装艦の「北上」と「大井」。

 さらに軽巡「川内」に率いられた駆逐艦が一二隻であり、駆逐艦はいずれも新鋭の「朝潮」型か「陽炎」型だった。

 戦艦は不利、巡洋艦は同等かやや有利、駆逐艦は数的には不利だが質的には有利なはずだった。

 だが、事ここに至っては彼我の戦力比などは第二艦隊司令長官にとっては些末な問題だった。

 多少の戦力差など腕と気迫でどうとでもなる。

 その指揮官の魂がのりうつったのか、第二艦隊将兵の士気は高い。


 一方、米戦艦部隊指揮官はいまだにその第二艦隊司令長官の人となりを理解していなかった。

 もちろん、事前に太平洋艦隊司令部から日本の指揮官の性格等について一応の説明は受けている。

 その中で戦艦部隊の指揮官は日本の海軍では珍しい闘将タイプの人間であることもまた聞かされてはいる。

 だが、米戦艦部隊指揮官は慎重で常識的な人物だった。

 だから彼の中ではそれはあくまでも闘志が旺盛だというだけで、まさか空母でその搭載する高角砲をふりかざしながら突撃をかけるような無茶苦茶な司令長官がこの世に存在するなどとは思っていなかった。

 だが、世界に一人だけいた。

 それも彼自身のすぐ目の前に。

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