第25話 重雷装艦キラー

 本音を言えば、第二艦隊司令長官は砲戦力の不利を補うために夜のうちに太平洋艦隊を捕捉しておきたかった。

 夜の闇はたいていの場合において寡兵あるいは戦力が劣勢な側に利をもたらすし、なにより水雷戦力ではこちらに分がある。

 夜間雷撃は帝国海軍のお家芸と言ってもいい。

 だが、戦場ではそうそううまく事が運ぶはずもなかった。

 可能な限りの快速をもって太平洋艦隊に肉薄したものの、やはり距離の関係から同艦隊を視認したときにはすでに夜は明けきっていた。

 それでも第二艦隊司令長官にとってそのことは戦いを避ける理由にはならない。


 太平洋艦隊は昨日と同じ構成だった。

 戦艦五隻を基幹とするグループと、さらに空母のいなくなったグループが二群。

 戦艦部隊に空母を失ったグループからの増援がなされるかどうか心配したが、こちらのほうは杞憂だったようだ。

 空母を護衛していた巡洋艦や駆逐艦もまた昨日の航空攻撃で少なくない損害を被っていたから、あるいはこれらは満足に戦える状態ではないのかもしれない。

 それに、もともと砲戦力で圧倒的に優位に立つのだから、増援を組み入れて艦隊運動に掣肘が加わるくらいなら現状のままでいいと指揮官は判断したのだろう。


 第二艦隊司令長官は速度差を利用していったん戦艦部隊を追い抜き、さらに空母部隊の残存艦艇を襲撃するような機動を相手に対して見せつける。

 このことで、敵の指揮官は傷ついた空母部隊の残存艦艇を避退させ、戦艦部隊によって第二艦隊に立ちはだかる動きを見せる。

 戦機だと判断した第二艦隊司令長官は突撃命令を下す。

 同時に、帝国海軍最大かつ最後の水上打撃部隊が加速を開始した。


 最初に第二艦隊司令長官の目に飛び込んできたのは、戦艦部隊に付き従っていた二隻の小ぶりの艦影が突出してきた姿だった。

 第二艦隊司令長官をはじめ、その艦型を見破った者はいなかったが、それは最新鋭防空巡洋艦「アトランタ」級一番艦の「アトランタ」と三番艦の「サンディエゴ」だった。

 両艦が狙ったのは「大和」の前方に位置し、雷撃の機会をうかがっていた重雷装艦の「北上」と「大井」だった。

 米軍はこれまでに生起した複数の海戦で得た戦訓から、このときすでに日本海軍が無航跡の長射程魚雷を保有していることをつかんでいた。

 最初はアジアの人間が自分たちを凌駕する兵器を持っていることなど信じられなかった。

 しかし、ウェーク島沖海戦で戦艦「テネシー」と「カリフォルニア」が被雷した状況や、さらにはアジアで苦戦する米英蘭豪連合艦隊からも同様に日本の無航跡長射程魚雷の存在に関するレポートが上がっており、はなはだ不本意ではあるものの日本海軍が米国が持ちえない高性能魚雷、おそらくは酸素魚雷を実用化していることについて、それを認めざるをえなかった。

 そして、その「テネシー」と「カリフォルニア」に魚雷を命中させたのが、当時日本艦隊の戦艦列の前方に位置していた謎の二隻の巡洋艦であることを突き止めることは容易だった。

 何人もの米海軍将兵が多数の魚雷発射管を備えたその異形を認めていたからだ。


 「アトランタ」と「サンディエゴ」は日本の戦艦の副砲の死角になるよう「北上」と「大井」の斜め前方から攻撃を仕掛ける。

 「北上」艦長もさらには「大井」艦長も敵戦艦群を前にしながら目の前の二隻の巡洋艦に貴重な酸素魚雷を使うなどという考えは持ち合わせていなかった。

 「北上」と「大井」の主敵はあくまでも米戦艦であり、貴重で高価な酸素魚雷をわずかな数の小物相手に使うことはためらわれた。

 だから、艦首にわずかに残された一四センチ砲で反撃し、敵を撃破できないまでも敵戦艦への雷撃までの時間稼ぎができれば十分だと判断していた。


 だが、二人の艦長の認識、あるいはその楽観はあっという間に覆される。

 二隻の防空巡洋艦が射撃を開始した時、「北上」艦長も「大井」艦長もそのいずれもが驚愕した。

 それは砲炎や砲煙の大きさにではなく短時間に連続して吐き出される発砲炎の間隔だった。

 二隻の巡洋艦が射撃を開始してからさほど間を置かず、「北上」と「大井」の周辺海面に多数の水柱が奔騰しはじめる。

 一つひとつの水柱はさほど大きくない。

 おそらく駆逐艦の主砲と同等かあるいはそれ以下だろう。

 だが、その数は尋常ではなかった。

 まるで砲弾のスコールを浴びているかのようだった。


 やがて、その砲弾のシャワーは「北上」と「大井」を捉えだす。

 同時に艦上のあちらこちらで小さな爆炎が沸き立つ。

 もちろん、「北上」と「大井」も撃たれっぱなしではなく、わずかに装備された一四センチ砲を振りかざして反撃を試みる。

 だが、「北上」や「大井」が一発撃つ間に相手はその一〇倍、もしくは二〇倍もの小口径弾を彼女たちに向けて叩き込んでくる。

 砲門の数、それに発射速度が「北上」や「大井」とは段違いだ。

 やがて、それら小口径砲弾が「北上」ならびに「大井」の魚雷発射管やその周辺にも命中しはじめる。

 発射管に直撃した際の衝撃、あるいは周辺の火災による熱にあぶられた重量二トン半を超える九三式酸素魚雷が次々に誘爆する。

 五五〇〇トン型と呼ばれる小ぶりな旧式軽巡がその打撃に耐えられるはずもない。

 それからは、あっという間の出来事だった。

 「北上」と「大井」が閃光を発し、すぐに猛煙に包まれる。

 両艦が助からないのは明らかだった。

 水上砲雷撃戦の第一ラウンドは情報を軽視せず、日本の魚雷対策を研究し尽くした米側の勝利に終わった。

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