第26話 酸素魚雷二段攻撃

 「妙高」と「羽黒」、それに「那智」と「足柄」の四隻の「妙高」型重巡からなる第五戦隊が砲撃を開始したのは「ブルックリン」級軽巡との距離が二五〇〇〇メートルになったときだった。

 視界の良い昼戦とはいえ、二五〇〇〇メートルというのは巡洋艦にとっては大遠距離だ。

 しかし、口径が小さく砲身が短い米軽巡が相手ならば、この距離であればアウトレンジができるであろうと第五戦隊司令官は判断した。

 たとえアウトレンジが成立しなくとも、最大射程に近い距離では敵艦はたいした精度は出せないはずだ。

 このやり方は戦果を得るのが困難な半面、こちらはほぼ一方的に砲撃出来るから損得勘定で言えば一概に悪い手段ともいえない。

 それでも、やはり二五〇〇〇メートルという距離は遠すぎた。

 大型で高性能の測距儀を持つ戦艦ですらこの距離では当てるのは至難なのだ。

 そして案の定、第五戦隊が放つ二〇センチ砲弾はただ海面に飛び込んでいくばかりだった。


 だが、砲撃の裏で第五戦隊は秘密裏に酸素魚雷を放っていた。

 大遠距離の魚雷攻撃もまた、砲撃と同様に極めて命中率が悪いことは分かっていた。

 先のウェーク島沖海戦でも重雷装艦が多数の酸素魚雷を放ったものの、命中したのは二本か多く見積もってもせいぜい三本程度だった。

 それでも、第五戦隊が大遠距離にもかかわらず高価な酸素魚雷を惜しげもなく使ったのは、被弾による誘爆を恐れてのことだった。

 ウェーク島沖海戦で第六戦隊の重巡「古鷹」と「加古」の二隻は、自らが装備していた酸素魚雷に被弾、誘爆炎上して両艦ともに沈没の憂き目にあっている。

 第五戦隊司令官としては第六戦隊と同じ轍を踏むわけにはいかなった。

 それに敵は練度の高い第六戦隊を壊滅に追いやった恐るべき「ブルックリン」級なのだ。

 慎重にも慎重を期して臨まねば返り討ちにあってしまう。

 それゆえのアウトレンジ攻撃だった。


 一方、四隻の「ブルックリン」級軽巡からなる米巡洋艦戦隊は射程外から一方的に攻撃されることをよしとせず、距離二〇〇〇〇メートルまで接近して砲撃を開始したが、しかしそれ以上踏み込むことはなかった。

 米巡洋艦戦隊は先のウェーク島沖海戦での戦いで第六戦隊に撃ち勝ちはしたものの、一方でいずれの艦も複数の二〇センチ砲弾を被弾しており、無視しえない損害を被っていたからだ。

 旧式小型の「古鷹」型でさえ手ごわい相手だったのだ。

 その「古鷹」型をはるかに上回る攻撃力と防御力を兼ね備えた「妙高」型重巡にうかつに接近戦でも仕掛けようものなら深刻な被害を受けることは必至だった。

 互いの思惑が交錯した結果、日米の巡洋艦は二〇〇〇〇メートル前後の遠距離での撃ち合いに終始した。

 当然この距離では命中弾などほとんど出ないから、双方ともに相手に決定的なダメージを与えることも、また致命傷を被ることもなかった。




 腰が引けた戦いを演じた第五戦隊とは対照的に、軽巡「那珂」が率いる水雷戦隊は一気呵成に敵の駆逐艦部隊に突撃を敢行した。

 距離一五〇〇〇メートルまで近づいた時点で砲撃を開始、同時に一二隻の駆逐艦は全艦合わせて九六本の酸素魚雷を発射。

 一方の米駆逐隊も先のウェーク島沖海戦やアジアで苦戦する米英蘭豪連合艦隊から送られてきたレポートによって長射程無航跡魚雷の存在を把握していたから、日本の駆逐艦が魚雷を放ったとみるや、それらを避けるために回避行動に遷移する。

 そして互いがさらに接近する間、日本の駆逐艦はそのいずれもが次発装填装置を使って次弾の準備を整えていた。


 先頭を行く「那珂」が被弾を装った煙幕を焚き、その煙のカーテンの中で一二隻の駆逐艦は第二波の酸素魚雷を放つ。

 今度は「那珂」も加わり、その数は一〇〇本だった。

 先述した通り、そのときの米軍は長射程無航跡魚雷の存在は承知していた。

 だがしかし、日本の駆逐艦に次発装填装置があることまではつかんでいなかった。

 それが油断に、そして命とりとなった。


 米駆逐隊はすでに日本の駆逐艦が魚雷を撃ち尽くしていると思い込み、砲撃の精度を上げるために真っすぐに航行していた。

 その間、艦上の誰もが砲撃戦にばかり注意が向き、水面下に気を配る者はほとんどいなかった。

 聴音機もまた、海面上で次々に炸裂する砲弾の炸裂音に邪魔されて魚雷の航走音を捉えることが出来ずにいた。

 その米駆逐艦群に一〇〇本の酸素魚雷が殺到する。

 そこで命中したのは五本、命中率はわずかに五パーセントにしか過ぎない。

 高速で航行しているとはいえ、転舵を繰り返すわけでもなくただ直進するだけの目標を狙ったにしてはいささか不満が残る成績ではあるが、それでも効果は甚大だった。

 それに、「那珂」や一二隻の駆逐艦が放った九三式酸素魚雷は一般的な航空魚雷の三倍近い重量を持つ。

 それゆえに炸薬量も多く、たった一本でも駆逐艦のような小艦には容易に致命傷になり得た。


 実際、一挙に三割あまりの戦力を喪失した米駆逐隊はその隊列を大きく乱す。

 中には被雷した艦を避けきれずに衝突するものまであった。

 日本側にとっては千載一遇の好機だった。

 すかさず「那珂」と、その彼女に率いられた一二隻の駆逐艦が切り込んでいく。

 すでに必殺の酸素魚雷は尽きている。

 残された戦いの手段は主砲のみ。

 だがしかし、混乱の極みに叩き落された米駆逐隊を相手取るにはそれだけで十分だった。

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