第27話 戦艦大和
先のウェーク島沖海戦において、機密兵器である酸素魚雷によって日本の戦艦群を窮地から救った殊勲艦である「北上」ならびに「大井」の立て続けの爆沈に第二艦隊司令部員らは声も無かった。
戦艦「大和」と並び第二艦隊にとって数少ない切り札のひとつが戦闘開始早々に失われたのだ。
だが、誰よりも先に衝撃から立ち直った第二艦隊司令長官は敵戦艦群への突撃を命じた。
「大和」は先程まで「北上」と「大井」に迫ってきた敵の小型巡洋艦に対して射程の比較的大きい一五・五センチ副砲によって援護射撃をおこなっていた。
しかし、その射弾はことごとく外れ、その結果「北上」と「大井」の両艦は撃沈の憂き目にあった。
それに、「大和」が対峙している三隻の「ニューメキシコ」級戦艦に対しても、ただの一発も命中弾を得ることが出来ずにいる。
このことで第二艦隊司令長官はいまだに「大和」乗組員が艦の扱いに完全に習熟していないことを認めざるをえなかった。
一方、明るい材料としては、第一艦隊の奮闘のおかげで制空権を獲得していることだ。
つまりこちらは観測機が使え、太平洋艦隊側はそれが出来ない状況なのだから、本来であれば遠距離砲戦に徹して米戦艦を痛打したいところだった。
しかし、今の「大和」将兵の練度を鑑みれば、観測機に頼った遠距離射撃を実施したとしても命中はおぼつかないだろう。
そう判断した第二艦隊司令長官は外しようのない接近戦に持ち込んで一気にケリを付けようと考えた。
なにより「大和」は距離二〇〇〇〇メートルから撃ち込まれた四六センチ砲弾に耐えるだけの防御力がある。
三六センチ砲しか持たない米戦艦相手ならば相当に近づいても大丈夫なはずだ。
それと長期戦になれば三倍の隻数と四倍の砲門を持つ相手が圧倒的に有利だ。
いくら「大和」といえども三六センチ砲弾を食らって無傷ということは無い。
廃艦所要弾数というものを信じるのであれば、駆逐艦の豆鉄砲でさえ数十発も当てれば重巡を廃艦にできるのだ。
多数の三六センチ砲弾を浴びせられればいかに重防御の艦であってもいつかは限界を迎える。
手数では決定的に不利なのだから時間をかけるわけにはいかなかった。
「大和」に対しては三隻の「ニューメキシコ」級が、こちらに対しては二隻の「ニューヨーク」級が向かってきたことで、第三戦隊司令官は第二艦隊司令部の読みが当たったことを理解した。
「大和」には高初速で貫徹力の高い長砲身三六センチ砲を持つ三隻の「ニューメキシコ」級が対峙し、旧式の「金剛」や「榛名」には「ニューヨーク」と「テキサス」がこれに対応する。
米軍の意図はそういったところだろう。
まあ、常識的な判断だ。
ならば、と第三戦隊司令官は速度を上げて敵に対してT字を描くように命令する。
三〇ノットを発揮できる「金剛」と「榛名」に対して「ニューヨーク」と「テキサス」のそれは二〇ノットあまりでしかない。
敵の五割増し、一〇ノット近い速力差は「金剛」と「榛名」が米戦艦に対し自在に有利なポジションで戦うことを可能にしていた。
第三戦隊司令官は防御力の充実した米戦艦相手に脚を止めて撃ち合い、その結果敗北した「比叡」と「霧島」の二の舞を演じるつもりはなかった。
二五〇〇〇メートルはおろか二〇〇〇〇メートルにまで接近してもなお「大和」は敵戦艦に命中弾を与えることができなかった。
しかし、一五〇〇〇メートルを切ったあたりでようやく先頭艦に挟叉を得る。
さすがにこの距離まで近づけば射撃精度は上がってくるし、これだけ近づいてなお命中弾を得るのに手こずるようであれば、それは戦艦としては失格だ。
「大和」が交互撃ち方から一斉撃ち方に変えてからはあっという間だった。
四六センチ砲弾は防御力に定評のある米戦艦の装甲を易々と食い破り艦の奥深くでその破壊エネルギーを解放する。
一撃でボイラーのほとんどを爆砕された一番艦、米軍が言うところの「ニューメキシコ」は猛煙を噴きあげて一気に速度を衰えさせた。
一方、後続する二番艦の「ミシシッピー」と三番艦の「アイダホ」は「ニューメキシコ」を回避しようとしたことで隊列を乱す。
その間に「大和」は目標を「ニューメキシコ」から「ミシシッピー」へと切り替える。
撃破した戦艦にとどめを刺すことよりも、まずは残る二隻の戦艦の戦闘力を奪うのが先決だった。
今度は距離が近かったことと、砲員も「ニューメキシコ」の撃破によって肩の力が抜けたせいか三射目に挟叉を得た。
そして斉射に移行。
わずかな時間で「ミシシッピー」もまた戦闘不能に陥る。
一方の「大和」も無傷では済まず、これまでに一〇発以上の三六センチ砲弾を食らっている。
だが、その三六センチ砲弾によって重要区画を貫かれたものはひとつもなく、被弾時に発生した火災も速やかに消し止められ、対艦戦闘に関する限りその戦闘力に衰えはなかった。
火災がすぐに消し止められたのは、ウェーク島沖海戦での手痛い戦訓を受けてのものだった。
ウェーク島沖海戦では被弾した艦の火災が大きな被害をもたらした。
燃料や弾薬、油脂類といったものはもとより、さらには木製品の調度品や什器といった可燃物、あげくのはてに艦内の塗料までが燃え上がった。
その一方で帝国海軍艦艇の消火設備は貧弱の一言だった。
設備も被害応急にあたる人員もノウハウも何もかもが決定的に不足していた。
火災に対して帝国海軍の艦艇はあまりにも脆弱過ぎたのだ。
このことで帝国海軍は消火設備の増強を図るとともに、艦内にある可燃物のことごとくを撤去あるいは難燃性のものに刷新するなどの措置を講じた。
これらの影響で居住性や快適性が少なからず損なわれることになったが、それでも炎や煙に巻かれることを思えばはるかにマシであった。
「ニューメキシコ」と「ミシシッピー」が相次いで撃破されたことによって不利を悟った「アイダホ」は戦線離脱を図った。
「アイダホ」艦長からすれば日本の巨大戦艦の指揮官はクレイジーだった。
日本の戦艦は新造艦なのだから火器管制装置も最新のものを装備しているはずだ。
それに制空権も日本側が獲得しているのだから観測機も使える。
ならば遠距離砲戦で戦えばいいはずだし、そちらの方が被弾も少なくて済むはずだ。
だが、敵の巨大戦艦はまっすぐこちらに突撃してきた。
それでもなかなか命中しなかったことから「アイダホ」艦長は敵の戦艦は腕が悪いから、それを補うために近距離で戦おうとしていると判断した。
その考え自体は決して間違ってはいない。
しかし、「アイダホ」艦長はその四六センチ砲の大破壊力までは想像していなかった。
敵戦艦が放つ巨弾に対して、ビッグファイブに次ぐ防御力を誇る「ニューメキシコ」級の装甲がまったく役にたたないのだ。
一方、敵の戦艦はすでに一〇発以上の三六センチ砲弾を浴びているのにもかかわらず、まったく参る様子を見せなかった。
まさに不死の化け物だ。
「逃げよう」
「アイダホ」艦長は巨大戦艦から距離をとるように命令する。
技量が稚拙な相手だから、距離をとれば命中率は顕著に低下するはずだ。
だがしかし、この判断は遅きに失した。
二〇ノットあまりの「アイダホ」と二七ノットを発揮できる「大和」とでは速力もまた違いすぎた。
それでも、淡白弱腰の一般的な帝国海軍将官だったらあるいは見逃されていたかもしれない。
だが、「大和」で指揮をとる第二艦隊司令長官は見敵必戦、突撃が好きで好きでたまらない御仁だった。
そして、その彼は目の前の戦艦を沈めることに夢中だった。
だから、戦術的に危険とされる「深追い」という言葉も彼の頭の辞書からはすっぽりと抜け落ちている。
日本で最も勇猛な、逆に米国から見れば最悪の指揮官に魅入られた「アイダホ」にもはや助かる術はなかった。
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