第28話 勝利の中の不安

 連合艦隊と太平洋艦隊主力の二度目の激突、後にマーシャル沖海戦と呼ばれる戦いは戦艦「ニューヨーク」と「テキサス」の撃沈でその幕を閉じた。

 「ニューヨーク」と「テキサス」の二隻は「金剛」それに「榛名」の高速性能によって常に不利なポジションでの砲戦を強いられていたが、それでも充実した防御力によって粘りの戦いをみせていた。

 しかし、それも「大和」が乱入してくるまでだった。

 「ニューメキシコ」と「アイダホ」、それに「ミシシッピー」の三隻の米戦艦を屠った「大和」は今度は「ニューヨーク」と「テキサス」にその牙を向けた。

 「ニューヨーク」と「テキサス」の装甲は「金剛」や「榛名」から撃ち込まれる三六センチ砲弾にこそよく耐えていたが、だがしかし「大和」の四六センチ砲弾に対してはまるで無力だった。

 頭を「金剛」と「榛名」に抑えられ、横合いから「大和」の攻撃を受けた「ニューヨーク」と「テキサス」に助かる術はなかった。


 一方、「妙高」と「羽黒」、それに「那智」ならびに「足柄」の四隻の重巡からなる第五戦隊で大きな被害を受けた艦はなかった。

 いずれの艦も遠い間合いでの砲戦に徹していたからだ。

 巡洋艦が遠距離砲戦をしたところで、そうそう当たるものではない。

 このため被害は僅少だった一方で敵に与えたダメージもまたほとんどと言っていいほどに無かった。

 敵巡洋艦部隊をひきつけ、戦艦同士の戦いの邪魔をさせなかったことは評価できるが、ただそれだけだった。

 このことで第五戦隊司令官は敢闘精神の欠如を指摘され、後日どこかの職場へ左遷されてしまったという。


 米駆逐隊と激闘を繰り広げた軽巡「那珂」ならびに一二隻の駆逐艦の中で沈んだものは一隻も無かった。

 しかし、一方で魚雷発射管や次発装填装置に被弾した艦も少なくはなく、もし早期に魚雷を使用していなければ誘爆轟沈していた艦が生じたかもしれなかった。

 逆に言えば、敵弾が吹きすさぶ中における肉薄雷撃の効果とその正当性に疑問が生じる戦いでもあった。


 水上打撃艦艇と同様に、機動部隊もまた大戦果を挙げる一方で被害も甚大だった。

 空母「蒼龍」ならびに「祥鳳」は敵の急降下爆撃機によって「蒼龍」は四発、「祥鳳」は三発の五〇〇キロクラスと思われる爆弾を被弾、両艦ともに大火災が発生する。

 「蒼龍」も「祥鳳」もともに装甲は薄く、防御力はお世辞にも高いとはいえない。

 はっきり言ってしまえば低い。

 それでも、乗組員らは必死の消火や被害応急にその全力を傾注する。

 だがしかし、「蒼龍」も「祥鳳」も機関に火が回ったことで動力を喪失、火災の鎮火に失敗したことで喪失のやむなきに至った。

 「蒼龍」や「祥鳳」とともに被弾した「飛龍」と「瑞鳳」のほうは命中した爆弾の数が少なかったこと、なにより迅速な被害応急が奏功して致命傷にはならずに済んだ。

 それでも、「飛龍」も「瑞鳳」も飛行甲板を手ひどく破壊されており、戦列復帰にはしばらく時間がかかりそうだった。


 一見したところ、たいした被害を受けていなさそうな「大和」も近くで見れば手ひどくやられたことが分かる。

 バイタルパートこそ分厚い装甲のおかげで大きな損害は被っていない。

 だが、一方で艦上構造物の被害は甚大だった。

 一五・五センチ副砲や一二・七センチ高角砲はそのほとんどを破壊され、機銃も大半が使用不能になっている。

 さらに、カタパルト一基が跡形も無く吹き飛んでいるうえにクレーンも損害を受けて使い物にならない状態だ。

 艦の前後の非装甲部に穿たれた大穴とその破壊の痕跡を消すには相当な修理期間が必要なはずだった。

 それでも、並の戦艦であれば沈没していてもおかしくないくらいの三六センチ砲弾を浴びせられてなお平然と航行しているのだから、やはり「大和」の防御力は桁外れと言っても過言ではなかった。

 一方、「金剛」と「榛名」はそれぞれ二発乃至三発の三六センチ砲弾を食らったものの、そのいずれもが致命部を避けてくれたおかげで両艦ともに中破の被害で収まっている。




 このマーシャル沖海戦で第一艦隊と第二艦隊は「ヨークタウン」と「ホーネット」、それに「ワスプ」と「レンジャー」の四隻の空母、さらには「ニューメキシコ」級ならびに「ニューヨーク」級の合わせて五隻の戦艦をはじめ多数の駆逐艦を撃沈破する大戦果を挙げた。

 一方でこちらは「蒼龍」と「祥鳳」の二隻の空母、それに「北上」と「大井」の二隻の重雷装艦を失った。

 彼我の戦果と損害を比べれば、第一艦隊と第二艦隊がいずれも洋上航空戦ならびに水上砲雷撃戦に勝利したことは疑いようのないところだった。


 だが、それでも俺はそのことを手放しで喜ぶ気にはなれなかった。

 間もなく米国は新鋭戦艦「サウスダコタ」級の就役ラッシュが始まる。

 そして、年末には「ヨークタウン」級をはるかに上回るという新型正規空母が竣工する見込みだとも聞いている。

 一方で連合艦隊は開戦からわずか四カ月の間で空母四隻ならびに戦艦七隻をはじめ多くの艦艇を失った。

 主力艦に関して言えば戦前に整備したうちの半数以上がすでに失われてしまったのだ。

 人材の消耗も激しい。

 この戦いでも第九戦隊司令官をはじめ多くの貴重な人材を失った。

 ウェーク島沖海戦に引き続き搭乗員の戦死もまた多かった。


 「このまま消耗戦を続けて、それでなお米国に勝てるのか?」


 海戦に勝利したという高揚感はすでに醒めきってしまっている。

 俺は自身の胸中に広がる不安を抑えることが出来なかった。

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