第60話 秘密兵器

 後にマリアナ沖海戦と呼ばれる一連の戦いが始まるまで、サイパンとテニアン、それにグアムの各島にはそれぞれ一〇〇機以上の銀河が配備されていた。

 しかし、索敵や接触任務、さらに夜間雷撃等で特にサイパンとテニアンに配備されていた銀河隊はその数を大きく減じていた。

 それでもサイパンから四三機、テニアンから四七機、さらにグアムからは八二機の銀河が出撃する。

 進撃途中、「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「飛龍」と「大鳳」から飛び立った四八機の烈風改の護衛を受けて銀河隊は米機動部隊撃滅に向かった。


 一方、米機動部隊の方はといえば、頼みの綱であるF6Fヘルキャット戦闘機隊が先に生起した烈風改との洋上航空決戦においてすでに壊滅的打撃を被っており、同部隊は戦闘機による防空戦闘をおこなえる状況ではなかった。


 窮地に陥った米第三艦隊、その空母第一群を攻撃したのはサイパンから発進した四三機からなる銀河隊だった。

 その四三機の銀河は五波に分かれ、最初の三波までが空母部隊の外周に展開する二隻の軽巡ならびに一二隻の駆逐艦を、さらに第四波と第五波が空母を攻撃した。


 異形だった。


 それはまるで小型機のような本体と、それにロケットエンジンを装備した見たことも無い兵器。

 ドイツ名「Hs293」、帝国海軍における呼称は「奮龍一型」。

 その「奮龍一型」は遠隔操作によって敵艦を狙い撃つ、ドイツからもたらされた誘導爆弾であり帝国海軍の決戦兵器だった。

 こういった兵器は、本来であれば敵の対空砲火を分散させるために全機一斉発射による飽和攻撃といきたいところなのだが、誘導のための周波数チャンネルの数に制限があるため、波状攻撃にせざるを得なかった。

 銀河から放たれたそれらは、米軍に対して戦術的あるいは技術的な奇襲となった。


 「奮龍一型」は母機からの誘導電波によって飛翔コースを制御する。

 だから、その母機である銀河を撃ち落とせば無力化できるのだが、それを知らない米兵は真っ先に自分たちに向かってくる「奮龍一型」の撃墜に血眼になった。

 そして、対空戦闘に秀でた米軍の巡洋艦や駆逐艦は高速で的が小さな「奮龍一型」のうち、その二割近くを確かに撃ち落とした。

 だが、撃ち漏らした残りの「奮龍一型」は輪形陣外周の巡洋艦や駆逐艦に次々に命中、攻撃が終わった時点で被弾を免れたものは一隻もなかった。


 米空母部隊の輪形陣を構成する軽巡や駆逐艦を撃破した「奮龍一型」ではあったが、だがしかし爆弾としては貫徹力が低く、分厚い装甲を施した主力艦攻撃には向かないとされている。

 それでも三〇〇キロ近い炸薬と一トンを超える本体に突っ込まれれば装甲の薄い巡洋艦や装甲が無いに等しい駆逐艦はたまったものではない。

 実際に複数の「奮龍」を食らった二隻の軽巡はすでに洋上停止し、駆逐艦も一二隻のうち一隻が搭載していた魚雷が誘爆して轟沈、残りの艦もそのいずれもが航行不能かあるいは大きく速力を減じさせていた。




 サイパンとテニアン、それにグアムから発進した一七二機の銀河の攻撃が終了した時点で四つの空母群に配備されていたそれぞれ八隻の正規空母ならびに軽空母と軽巡、それに四八隻の駆逐艦で無傷なものは一隻も無かった。

 すべての艦が最低でも一発の直撃を食らい、大きく戦力を毀損していた。

 一六隻の空母はそのいずれもが飛行甲板あるいは船腹に大穴を穿たれ艦上機の離発艦能力を喪失するかあるいは大きくその機能を毀損している。

 それらのうち、「プリンストン」は当たり所が悪く、火薬庫に火が入って大爆発を起こし、乗組員を避難させたうえで撃沈処分とすることが決まっている。


 それら空母がすべて撃破されてしまったことで、米第三艦隊司令長官に打てる手は限られていた。

 そのうえ、艦隊のワークホースとも言うべき便利屋の駆逐艦がこちらもすべて撃破されたうえにその半数近くが航行不能かあるいは極低速しか出せなくなっている。

 大破した艦については乗組員を避難させたうえで「プリンストン」と同じように撃沈処分せざるを得なかった。

 なによりマリアナは遠すぎた。

 工作艦でかなり大仰な応急修理でも施さない限り、大破した艦が波高い外洋を押し渡り、遠くハワイあるいはマーシャルの基地にたどり着くまでもつはずがなかった。


 しかし、こうなってしまうと損害の程度が比較的軽い駆逐艦に大破した駆逐艦の乗員を収容させるしか方法は無かった。

 空母の格納庫はかなりのスペースが空いているが、かといってそれらを洋上停止させて救助の支援をさせるわけにはいかない。

 ここマリアナは日本軍のホームグラウンドであり、そのようなところで空母を停船させるような真似をすれば、それは日本軍の航空機や潜水艦に極上の供物を捧げる行為に等しい。


 当然のことながら、損傷した艦に同じく損傷艦の乗組員の救助を委ねるのだから、その作業は遅々として進まない。

 こうしている間にも日本軍は次の手を打ってくるはずだ。

 しかし、頼みの綱である艦上機の運用を完全に封じられた今、米第三艦隊司令長官にこの窮地を脱するための手札はほとんど残されていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る