第46話 烈風改
俺を含めた中隊の一二人は新型機の受領を命じられ横須賀航空隊にやってきた。
その誰もが期待に胸を膨らませた表情をしている。
まるで、欲しかったプレゼントをもらう前の子供のようだ。
その俺たちは横須賀航空隊の敷地内にある最も奥まった格納庫の一角に案内される。
そこで俺たちが目にしたのは烈風より幾分小ぶりの真新しい戦闘機だった。
そのスタイルは烈風とは大きく異なっていた。
低翼単葉こそこれまでのそれと同じだが、他に外観の共通点は見いだせない。
太い胴体と長大な翼を持つことで「肥大化した豚」と呼ばれた烈風、そこから余分な脂肪をそぎ落したかのような精悍なフォルムを持つ機体だった。
この新機材の説明をしてくれたのは俺のかつての部下で、この四月に准士官に昇任となった武藤飛曹長だった。
「これが新しい戦闘機、『烈風改』です」
武藤飛曹長の説明を聞きつつ、俺を含めた隊員らは目の前の戦闘機に目が釘付けになっている。
その武藤飛曹長の説明によれば、烈風改には「木星」という金星発動機をベースにした新型の一八気筒エンジンが搭載されており、そしてそれは余裕で二〇〇〇馬力を叩きだすのだという。
烈風や強風が搭載していた火星発動機と排気量はさほど変わらないものの、一方で木星は三割以上も出力がアップしており、さらに機体の小型軽量化と相まってその加速や上昇力はこれまでの烈風や強風とは次元を異にするらしい。
確かに烈風に比べて機体が小さくなったのは一目で分かる。
機首の形状も烈風のそれに比べてかなり絞られている。
空力特性はかなり向上しているのではないか。
「烈風改は全長が一〇メートル、翼幅は一二メートルで、これは烈風に比べて胴体が〇・五メートル、翼に至っては一・五メートルも小さくなっています。このことでかなりの軽量化が達成でき、重量は烈風の三トンに対して約二・八トンにおさまっています。ですので翼面積は小さくなりましたがその分軽くなっていますから翼面荷重は烈風に比べてさほど高くはなっておりません。
それとこの烈風改はベースこそ烈風ですが、各部が徹底的にリファインされておりもはや原型をとどめていません。その名前とはうらはらに、まったく別の機体といって差し支えないでしょう」
武藤飛曹長の説明によれば烈風改は今のところ最高速度は六一五キロとのことだった。
烈風が五六〇キロだったから一割程度しかアップしていないことになる。
かつて戦ったP47のことを思えば烈風改の最高速度に関しては本音を言えば少々物足りない。
「確かに最高速度で言えば、欧米の戦闘機に比べて不足しているように感じられるかもしれません。ですが、この烈風改は加速と上昇力に関しては超一流です。
これについては重量級のP47が相手でしたら決してひけをとることはありません。以前にも申し上げましたが、戦闘機に大事なのは最高速度よりも速やかに戦闘速度に移行するための加速性能です。
それと、もうひとつ戦闘機における大事な要素として旋回格闘性能があげられますが、烈風改はこの性能に関しても世界中のどの機体にも負けないはずです」
少しばかり落胆したような俺たちの表情を読み取ったのだろう、武藤飛曹長がすかさずフォローを入れてきた。
「速度の件は了解した。確かにお前の言う通り、加速性能こそが戦闘機の肝だからな。それと、俺は烈風についてはさほど旋回格闘性能が悪いとは思わなかったが、烈風改はさらによくなっているのか?」
俺の吐いた疑問に武藤飛曹長はその表情に少しばかり自慢気な色を浮かべる。
「この烈風改には新開発の自動空戦フラップが装備されています。これまで一部の熟練者が空戦中に手動で行っていたフラップ操作が機械任せでこれを行うことが可能になりました」
武藤飛曹長の言葉を聞いた瞬間、部下たちの間でどよめきが起こる。
誰もが自動空戦フラップの凄さを理解出来たからだ。
画期的とも言える発明だった。
もともと、空戦中にフラップ操作が出来れば小回りが利くなど旋回性能が向上することは分かっていた。
だが、ただでさえ煩雑な操縦あるいは強烈なGに耐えて敵と渡りあっている最中にそのようなフラップ操作ができる者など、一部の熟練者くらいのものだ。
それが、それを機械任せにすることによって誰もがその恩恵にあずかれるのだ。
さらに武藤飛曹長は武装についても烈風改は従来機よりも各段に強化されていることを教えてくれた。
二〇ミリという大口径機銃弾を高速で吐き出す長銃身の二号機銃が、しかも四丁。
ただ、威力こそすごい二号機銃ではあるが、一方でその弾数の少なさにこれまで搭乗員たちは泣かされてきた。
しかし、それも新しく開発されたベルト装弾機構の採用によって大幅に改善されており、一丁あたり二五〇発を装備できるのだという。
武藤飛曹長の重ね重ねの自慢気な説明を聞いているうちに俺はこの烈風改に乗りたくて仕方がなくなっていた。
いや、この機体を一目見た時からそうだった。
俺の飛行機乗りの直感がさっきから同じ言葉を繰り返し叫び続けている。
「これならP47に勝てる!」
俺は部下たちの反応を見る。
やっぱりなあ。
みんなそわそわしている。
西沢一飛曹なんかは、もう乗りたくてうずうずしている様子を隠そうともしない。
そんな俺たちの姿を見て、武藤飛曹長もこれ以上の生殺しはかわいそうだと思ったのだろう。
「論より証拠、習うより慣れよ。まずは操縦席に座ってみますか?」
穏やかな笑みをたたえ優しい提案をしてくれる。
もちろん、誰一人異存はなかった。
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