帝都防空戦

第45話 中隊長

 戦争が始まって一年半近くが経った昭和一八年四月一日、俺は少尉から中尉へと昇任した。

 それと同時に「龍驤」戦闘機隊第一中隊第二小隊長から「瑞鶴」戦闘機隊第三中隊長へと異動となった。

 もちろん、少尉から中尉になることで俸給は増えるのだが、それに応じて部下の数も三人から一一人へと大幅に増えることになる。

 人徳ではなく金や物で部下の心を掌握するタイプの俺にとっては痛しかゆしの昇任でもあった。

 だが一方で幸いなことに、小隊の部下たちはそのまま引き継がれた。

 太田一飛曹と西沢一飛曹、それに宮崎二飛曹の三人はいずれも俺とともに「瑞鶴」乗り組みとなり、第三中隊第一小隊としてペアを組む。


 その俺は「瑞鶴」に着任すると同時に部下たちの把握に努めた。

 互いに命を預け合う仲間の搭乗員を知ることは、ある意味において敵を知ることよりも重要だからだ。

 第一小隊は放っておいてもよかった。

 太田も西沢も、それに宮崎も戦闘機乗りとしての健康管理や戦術研究など、なすべきことをきちんとわきまえている。

 俺が最初に把握すべきは第二小隊と第三小隊の連中の人となりと搭乗員としての技量だった。


 第二小隊は小隊長が少尉で、二番機が二飛曹、三番機が一飛曹で四番機が飛長だった。

 第三小隊は小隊長が飛曹長で、後は第二小隊と同じく二番機が二飛曹、三番機が一飛曹で四番機が飛長となっている。

 どの小隊も准士官と下士官の搭乗員はそれなりに実戦経験を積んでおり、特に技量についての問題はなさそうだった。

 問題なのは飛長の二人だった。

 練習航空隊を出てさほど間が無く、当然のことながら実戦経験もほとんど無い。

 試しにこの二人に飛んでもらったところ、母艦航空隊に配属されるだけあって筋が良いのは確かだったが、それでも随所に経験不足からくるぎこちない機動が散見された。

 そこで俺は、飛長の二人についてはペアの下士官だけでなく、西沢や宮崎にも面倒をみてもらうよう頼んだ。

 西沢ならびに宮崎はともに俺の申し出を快諾してくれた。

 まあ、二人の飛長の腕が上がるということは、それは中隊としての戦力が向上することとイコールであり、それは自分たちの生存率にも直結する。

 それに、基地航空隊と違って母艦航空隊は毎日戦うわけでもないから、西沢や宮崎としては空に上がる口実が出来ることは願ったり叶ったりあるいは渡りに船といったところなのだろう。

 まあ、なんにせよ両名の態度は俺にとってはありがたいものではあったが、一方で西沢や宮崎に指導を受ける飛長らには少しばかり同情した。

 二人とも空ではスパルタだ。

 中でも西沢から特訓を受ける方の飛長は一生忘れられない思い出をいっぱいつくってもらえることだろう。


 そして、二人の飛長とともに問題なのが第二小隊長の少尉だった。

 彼もまた二人の飛長と同様に搭乗員としての経験が浅く、なにより実戦経験というものが皆無だった。

 少尉は練習航空隊ではそれなりに優秀な成績を収めはしたものの、それはあくまでそこでお勉強が良くできたというだけで、弱肉強食の非情な空ではそれは何の担保にもならない。

 何より心配なのは少尉は少し気を張り過ぎていたことだった。

 まあ、実戦経験のない自分が百戦錬磨の部下を率いなければならないのだ。

 そして、部下を率いるということは部下の命を預かるということでもある。

 自分が指揮をミスればそれは自身と部下たちの血と命で贖われることになる。

 この状況がとんでもなくプレッシャーであり、またしんどいことだというのは俺が一番良く分かっている。

 誰にも言っていないが、俺はそのことで開戦直前にずいぶんと悩み、そして痩せたのだ。

 今は元に戻ってしまったが。

 というか、少し太ってしまったか?

 いや違う。

 激戦につぐ激戦で筋肉がついただけだ。

 そういうことにしておく。


 で、俺は時間の許す限り少尉との模擬空戦を何度もおこなった。

 そして、俺が少尉の相手をするのが無理なときは太田一飛曹や第三小隊長といった手練れ、ときには西沢一飛曹にも相手を頼んだ。

 そこで少尉は彼らとの圧倒的な腕の差を見せつけられてへこんだ。

 少し以前の俺を見ているようだ。

 かつては俺も事あるごとに武藤や岩本との腕の差を思いしらされ、そのことで心をへし折られるのが日課だった。

 だが、少尉はもともと素質もあったのだろう。

 それに士官だからと言って下士官搭乗員を軽んじるようなこともなく、素直に部下からのアドバイスに耳を傾けていた。

 少尉はそのことでめきめきと腕をあげ、時には俺の背後を取れるまでになった。

 俺は少尉の成長を喜んだ。

 なんと言っても中隊では俺に次ぐ次席指揮官なのだ。

 俺が死んだら立派に指揮を引き継いでもらわなければ困る。

 まあ、もっとも俺は生きる気満々だが。

 そして、その実力急上昇中の少尉だが、俺とはけっこういい勝負をするようになったくせに、太田や西沢、それに宮崎には相も変わらず簡単にひねられてしまっている。

 どういうことだ?




 猛訓練の日々が続き、少尉や二人の飛長の練度も上がり、中隊として一定レベルでの連携機動が出来るようになってしばらく経ったある日、俺は「瑞鶴」飛行長から呼び出しを受けた。

 中隊の連中を引き連れて横須賀空へ行けという。

 そこで新型機を受領、以降は慣熟訓練に邁進せよとのことだった。

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