第44話 撤退

 本来であれば作戦初日に二波による航空攻撃を予定していた第一機動艦隊だったが、しかしそれは一度で打ち切られた。

 第一次攻撃隊の損害があまりにも大きかったことで第二次攻撃隊の出撃を見合わせたのだ。

 それでも一機艦はオアフ島に対する航空攻撃を継続する。

 ハワイくんだりまで出張っておいて、さすがに手ぶらで帰るわけにもいかない。

 各空母では分解格納していた予備機を組み立て、さらに被弾損傷した機体のうちで被害の軽いものについては修理を施して稼働機を増やす。

 そうやって戦力を充実させたうえで翌朝、第二次攻撃隊として再度オアフ島に差し向けたのだ。


 だが、そこに俺たち「龍驤」隊の姿は無かった。

 昨日の第一次攻撃に参加した「龍驤」第一中隊は三機が未帰還となる大打撃を被った。

 中隊長が直率する第一小隊は一機を失い、さらに残る三機もそのすべてが被弾損傷していた。

 そのうちの二機は修理が出来ないほどに敵の一二・七ミリ弾に痛めつけられていた。

 半数が未帰還となった第三小隊の被害はさらに深刻で、かろうじて生還した二機はいずれも再使用不能だった。

 中隊で唯一未帰還機を出さなかった俺の第二小隊も状況は似たようなものだった。

 右主翼端を吹き飛ばされた俺の機体は、実際には右翼全体にダメージが広がっており手の施しようがなかった。

 西沢一飛曹は敵機を撃墜した直後に不幸にも戦場に飛び交う流れ弾を発動機にもらい、シリンダーをひとつ吹き飛ばされている。

 宮崎二飛曹の機体は激戦の無理がたたったのか、日本機にありがちな原因がよく分からない発動機不調に陥っていた。

 結局、今すぐ飛び上がれるのは太田一飛曹の機体だけだった。


 第二中隊も状況は芳しくはなかった。

 直掩任務にあたっていた第二中隊は、一機艦に襲いかかってきた爆撃機を多数撃墜破したものの、一方で二機を失い、さらに残った機体もその多くが被弾していてすぐに使えるのはわずかに半数の六機だけだった。

 二四機あったはずの「龍驤」烈風隊はわずか一日の戦闘でその可動戦力が三分の一に激減したのだ。

 これでは自艦防御がせいぜいであり、オアフ島への第二次攻撃に参加するなどとうてい不可能だった。


 捲土重来を期した第二次攻撃だったが、一方で米戦闘機隊ならびに地上の対空砲火によるも反撃も激しく、第一次攻撃隊と同様に少なくない損害を被った。

 なかでも、強風を守るために敵戦闘機との空中戦に臨んだ烈風隊はかなりの損害を被ったとのことだ。

 言われなくてもその元凶は分かる。

 急降下時の加速と水平時の最高速度、そのいずれもが烈風よりも優れ、桁違いともいえる機銃弾を撃ち込んでくる謎の空冷単発戦闘機の仕業だ。

 烈風と強風の戦爆連合でオアフ島航空戦力の撃滅を企図した第二次攻撃隊だったが、結局のところその目的は完遂できずに終わる。

 そして、攻撃二日目の夜、一機艦はその舳先を西へと向けた。


 当時、一機艦はただの一隻も艦艇を失ってはいなかった。

 敵の爆撃機によって若干の損傷艦が出たものの、どの艦も航行にはまったく支障がなかった。

 だが、母艦航空隊の損害があまりにも大きすぎた。

 全体の二割近くが未帰還になったうえ、さらに被弾損傷した機体も多数にのぼった。

 第二次攻撃が終了した時点での各空母の稼働機は三割を大きく割り込んでいたという。

 もちろん、修理すれば使用可能になる機体は増えるが、それでも作戦開始時の半数にすら届かない。


 だが、烈風も強風もただやられたわけではない。

 米軍もこちらと同様、甚大な損害を被ったことは間違いなかった。

 しかし、広い陸上基地の充実した施設で修理が行える在ハワイ米航空軍と、格納庫内の狭隘で限られた設備の中で修理を行わなければならない一機艦では回復力に雲泥の差があった。


 それでもあきらめきれない第二艦隊司令長官はオアフ島への艦砲射撃を具申した。

 だが、制空権獲得に失敗したなかで水上艦艇を無理攻めさせればどうなるかを知悉する一機艦司令長官はそれを決して受け入れることはなかった。

 それに、ここは本土から遠く離れた敵のホームグラウンドのハワイだ。

 もし、ここで下手に損害を被れば本土への生還は極めて困難となる。

 一機艦司令長官の判断は妥当だと言えた。

 ただの一隻も沈没していない二度目のオアフ島攻撃は、だがしかし一機艦の敗北で終わった。




 一機艦の母艦航空隊に大打撃を与えた機体がP47という戦闘機だったことを俺は後になって知った。

 さぞ欧州戦線でも枢軸側に対して脅威になっているのだろうと思っていたら意外にそうでもなかった。

 ドイツの主力戦闘機であるBf109やFw190の最新型に対してP47はさほど優速というわけでもなく、旋回格闘性能や上昇力についても同様なのだという。

 六〇〇キロオーバーが当たり前の欧州の戦場では、烈風をうち破ったP47でさえ凡庸な戦闘機でしかなかったのだ。

 それでも、米国が六〇〇キロオーバーの単発戦闘機を手にしたことの意味は帝国海軍にとっては小さくない。

 同じ単発戦闘機でも、帝国海軍に六〇〇キロを超えるそれは皆無だからだ。

 もはや一五〇〇馬力で最高速度が五六〇キロの烈風ではP47や欧州の戦闘機には太刀打ちできない。


 「海軍戦闘機隊はこれからどうやって戦っていくんだ?」


 漠然とした不安が頭をもたげてくる。

 だが、その時の俺はまだ知らなかった。

 数年越しの開発期間を経て二〇〇〇馬力を余裕で叩きだす金星の一八気筒版ともいうべき発動機がすでに産声をあげていたことを。

 そして、その発動機を搭載した、烈風や強風をはるかにしのぐ次期艦上戦闘機の試作機がつい先日進空したことを。

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