第43話 敗北

 第一機動艦隊を飛び立った第一次攻撃隊の一八〇機の烈風はオアフ島の稜線を視認する前から多数の米戦闘機の迎撃を受けた。

 米軍の電探の性能、そして航空管制の洗練度の高さがうかがえる動きだった。

 その米戦闘機隊は種々雑多な機体で構成されていた。

 鼻先の尖ったおなじみの液冷戦闘機。

 異形と呼んで差し支えない双発双胴の巨大な戦闘機。

 そして烈風や強風と同じ空冷発動機を搭載した中翼単葉の戦闘機。

 俺はそれらを米陸軍のP40とP38、それに海軍あるいは海兵隊のF4Fだろうとあたりをつけた。

 機種が統一されていない寄せ集め感たっぷりのそれらは、つまりは在ハワイ米航空軍が前回の戦いで受けたダメージから完全には立ち直りきっていない証左だろう。

 俺を含む烈風搭乗員のだれもがそう考えていた。


 その中で、「龍驤」第一中隊を率いる「龍驤」戦闘機隊長は空冷発動機の単発機群をその攻撃目標にしたようだった。

 おそらく、最も近くにいるからという単純な理由だろう。

 俺も異存はない。

 「龍驤」戦闘機隊はほぼ同数の米機に対して小隊ごとに散開、突撃を開始した。


 敵機の両翼が光る気配を感じた瞬間、俺は機体を捻った。

 高性能のブローニング機銃を持つ米戦闘機との正面からの撃ち合いは、これを固く禁じられているからだ。

 まともにやりあえば、十中八九日本の戦闘機のほうがやられてしまう。

 早めの操作が奏功し敵の射弾をぎりぎり回避、だがしかし同時に俺は恐怖の感情を抱いたことを自覚する。

 敵機の両翼から吐き出された機銃弾、そのすさまじい奔流にだ。


 高性能のブローニング一二・七ミリ機銃を四丁乃至六丁装備するF4Fの遠距離攻撃能力は侮れないというか、はっきり言えば脅威だった。

 狙われる側からすれば、まるで機銃弾のシャワーかスコールを浴びるような感覚だ。

 しかし、目の前の敵機から吐き出された機銃弾の奔流はそのような生易しいものではなかった。

 最低でも八丁、ヘタをすれば一〇丁くらいあるんじゃないかと思わせる曳光弾の束が俺の機体をかすめていったのだ。


 間一髪でそれをかわした俺は敵機とのすれ違いざまに反転をかける。

 敵の射線に入りさえしなければ、相手がどれだけ大量の機銃を積んでいようがこちらが攻撃される心配はない。

 だから、ひとたび背後をとった後は大排気量の火星発動機がもたらす太いトルクを生かした加速によって一気に肉薄し、必殺の二〇ミリ弾を叩き込めばよかった。

 要するに、いつもの必勝パターンを繰り返せばよかったはずだった。

 俺に後ろをとられた敵機は回避機動をとることもなく真っすぐそのまま急降下を始める。


 「バカめ!」


 俺は敵の失策にほくそ笑む。

 機体が頑丈で大重量の火星発動機を搭載する烈風は急降下時おける加速性能はピカ一だ。

 だが、いつもならそのたぐいまれなる加速によって短時間のうちに敵機との距離を縮めることが出来るはずなのが、なぜか一向にその差が縮まらない。

 一瞬、発動機の不調を疑ったが、計器をちら見すれば速度はこれまでと同じかあるいはそれ以上に出ている。


 「新型のF4F?」


 俺はまずそれを考えた。

 陸軍の三式戦も発動機を乗せ換えただけで劇的な性能の向上を見せた。

 だから、F4Fも新型発動機に乗せ換えた改良型が出たのではないかと思ったのだ。

 だが、F4Fにしては何かがおかしかった。

 太平洋戦線における中翼単葉の単発戦闘機はF4Fしかないという思い込みもまた俺の判断を誤らせていた。

 そう考えている間にも俺の烈風と敵機との距離はじりじりと開く一方だった。

 そのときだった。


 「隊長! 上方!」


 太田一飛曹の切迫した声が無線から流れてくる。

 その瞬間、俺は失敗を悟った。

 乱戦の最中に絶対にやってはいけない深追いと、なにより周辺への警戒を怠ってしまったのだ。

 太田一飛曹の声が聞こえた瞬間には頭よりも先に体が反応して機体を滑らせていた。

 だが、それでも敵弾をすべてかわし切ることは出来ず、右主翼に大きな衝撃を受ける。

 よくよく見ると、右主翼の翼端が吹き飛んでいた。

 こうなってしまうと、もうどうしようもできない。

 空気抵抗が激増した機体での戦闘継続など不可能だ。

 このまま戦い続けても味方の足を引っ張るだけ。

 そう判断した俺は太田に西沢ペアと合流してその支援にあたるように命じ、無念の気持ちを飲み込んで「龍驤」へと引き返した。




 第一次攻撃隊の烈風隊はP40やP38といった米戦闘機を多数撃墜していた。

 だが、その一方で中翼単葉の空冷発動機を搭載した米戦闘機に挑んだ「龍驤」隊は散々だった。

 一二機のうち三機が未帰還となり、なかでも第三小隊は半数を失った。

 俺の第二小隊は全機が無事生還できたものの、戦果は西沢一飛曹が一機撃墜しただけだ。

 中隊では他に中隊長とその僚機が苦戦の末に一機を共同撃墜したのみ。

 明らかに戦果よりも味方の損害の方が大きかった。

 後で聞いた話だが、「龍驤」隊以外にもいくつかの中隊が俺が相対した敵戦闘機と戦っていた。

 だが、そのいずれの中隊も撃墜した敵機よりも失った味方の機体のほうが多かったという。

 烈風隊にこれまでにない大損害を与えた米戦闘機は急降下時の加速だけでなく水平時における最高速度も烈風を明らかに上回っていた。

 武装に至っては比較にすらならないし、防御力もまた極めて優れているようだった。


 予期せぬ強敵の出現に俺たち搭乗員の衝撃は大きかった。

 開戦以来一年あまり、無敵を誇ってきた烈風の初めての敗北だった。

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