第42話 策源地攻撃

 年明け早々のこと、当時の帝国海軍上層部は米国という世界最強国の経済力や工業力、つまりは国力そのものに心底恐怖していたらしい。

 真珠湾軍港を艦砲射撃で壊滅させてからまだ三カ月と経っていないはずなのに、すでに真珠湾はその機能の少なくない部分を復活しているというのだ。

 日本人の常識では有り得ない話だった。

 俺も初めてそのことを聞いた時には嘘だろうと思った。

 「大和」をはじめとした戦艦群に鉄と火薬をしたたかに叩き込まれ、そのうえ貯め込んでいた重油に炙られたのだ。

 戦時中ということを考えれば、むしろ放棄したとしても不思議ではない。

 俺は技術畑の軍人ではないが、それでも軍港施設の復旧あるいは建設がいかに長時日を要するかの想像くらいはできる。

 俺と同じ考えを持ち、荒唐無稽だと一笑に付す者も少なくなかったことだろう。

 だがしかし、恐るべきことにそれは事実だった。


 帝国海軍情報部門の分析によれば、活発化する一方の米潜水艦による通商破壊戦の策源地は十中八九オアフ島とみて間違いないというものだった。

 もちろん、帝国海軍の監視の目が行き届かない海域に潜水母艦を進出させて潜水艦の回転率を上げるようなことも行ってはいるのだろうが、それだけでは潜水艦のメンテナンスや乗組員の慰労には限度がある。

 潜水艦戦力を維持するためにはしかるべき施設や設備を整えた陸上基地が必要だ。

 そして、ブリスベンやフリーマントルをはじめとした豪州の基地が使えない以上、消去法で考えてもやはりオアフ島しか考えられなかった。


 伊号潜水艦による監視や通信傍受等で情報収集に力を入れたところ、裏付けはあっという間にとれた。

 当時の第二艦隊が艦砲射撃を行った翌日にはハワイの米軍はすぐに復旧作業に乗り出していたのだ。

 まずは水道や電気、それにガスといったインフラを最優先で復旧させ、港湾施設の修復は荷役に必要な設備の回復にとどめた。

 それから、本国から送られてきた油槽船や工作艦、それに浮きドックを真珠湾に敷き並べる。

 さらに複数の潜水母艦も真珠湾へ配備し、潜水艦の支援態勢の強化を図る。

 米軍らしいのは豪華客船や病院船も用意して、将兵の福利厚生についても万全を期したことだ。

 ここまでの至れり尽くせりは残念ながら、我が国では絶対にありえないことだった。

 このようにして米軍はあっという間に潜水艦戦のための洋上都市と言っても差し支えない船舶群を真珠湾に配備したのだ。




 一九四三年二月一日。


 第一機動艦隊は柱島泊地を発った。

 目的地はオアフ島。

 第一目標は真珠湾軍港に展開する潜水艦戦の支援艦艇群の撃滅だった。

 もちろん他の艦艇や施設も前回同様、徹底的に叩く。



 第一機動艦隊


 第一艦隊

 甲部隊

 空母「翔鶴」「瑞鶴」「飛龍」

 重巡「利根」「筑摩」

 軽巡「川内」

 駆逐艦「秋月」「照月」「涼月」「初月」「初風」「雪風」「天津風」「時津風」


 乙部隊

 空母「隼鷹」「飛鷹」「龍鳳」

 重巡「熊野」「鈴谷」

 軽巡「神通」

 駆逐艦「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」「陽炎」「不知火」「霞」「霰」


 丙部隊

 空母「龍驤」「瑞鳳」「千歳」「千代田」

 重巡「最上」「三隈」

 軽巡「那珂」

 駆逐艦「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」


 各空母の搭載機

 「翔鶴」 烈風四八機(四個中隊) 強風一六機(一個中隊、偵察一個小隊)

 「瑞鶴」 烈風四八機(四個中隊) 強風一六機(一個中隊、偵察一個小隊)

 「飛龍」 烈風三六機(三個中隊) 強風一二機(一個中隊)

 「隼鷹」 烈風二四機(二個中隊) 強風一六機(一個中隊、偵察一個小隊)

 「飛鷹」 烈風二四機(二個中隊) 強風一六機(一個中隊、偵察一個小隊)

 「龍鳳」 烈風二四機(二個中隊)

 「龍驤」 烈風二四機(二個中隊) 強風 四機(偵察一個小隊)

 「瑞鳳」 烈風二四機(二個中隊)

 「千歳」 烈風二四機(二個中隊)

 「千代田」烈風二四機(二個中隊)


 第二艦隊

 第一遊撃部隊

 戦艦「大和」「武蔵」

 重巡「妙高」「羽黒」「足柄」「那智」

 重巡「衣笠」

 駆逐艦「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」


 第二遊撃部隊

 戦艦「金剛」「榛名」

 重巡「愛宕」「高雄」「摩耶」「鳥海」

 軽巡「阿賀野」

 駆逐艦「夕雲」「秋雲」「巻雲」「風雲」「長波」「巻波」「高波」「大波」



 第一艦隊は従来、甲部隊と乙部隊の二群だったのが空母が一〇隻に増えたことで丙部隊を新たに編組している。

 このうち、甲部隊については長一〇センチ砲を装備する「秋月」型駆逐艦が配備され、従来に比べてその洋上防空能力を各段に向上させていた。

 それと、空母艦上機は制空権の奪取を第一に考え烈風の比率を大きくしている。


 米海軍については昨年末に大型正規空母「エセックス」を完成させていることが分かっていた。

 しかし、まだ竣工してから日が浅く、出撃してくることは無いと思われていた。

 また、軍縮条約明け以降すでに六隻が就役している「ノースカロライナ」級ならびに「サウスダコタ」級といった新鋭戦艦のうち、四隻が太平洋で活動していることが分かっている。

 しかし、仮にそれらがハワイ沖に展開していたとしても、戦艦では航空機には勝てない。

 そのうえ、帝国海軍の空母が搭載する烈風や強風はそのいずれもが雷撃が可能な機体だ。

 だから、一機艦上層部は米新鋭戦艦に関してはさほど心配はしていなかった。


 航空機については、米軍の現用戦闘機の主力は陸軍がP40で海軍がF4Fだ。

 P40それにF4Fともそれなりに優秀な機体だが、それでも烈風や強風の敵ではない。

 制空戦闘についても一機艦上層部と航空関係者はともに楽観視していた。

 なにより、昨年のオアフ島における戦闘で烈風隊が同地のP40を食いまくった実績がある。

 あれから情勢にさほど変化が生じたとも思えない。

 だから、この時点で米軍が烈風を上回る高速強武装の機体を用意し、手ぐすねを引いて待ち構えていることなど誰も想像していなかった。

 それは俺も同じだった。

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